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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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勢いあるまま体当たりとなった死人形の体は、見たままの感触だった。

スベスベしていて、それでいてスポンジのようにふんわりとしていた。

「ああっ、冷たい…っ!」

接触している頬が冷えて、見習い天使は右の手で必死に押す。

そして翼を羽ばたかせる。

「離してっ!」

いつの間にか掴まれた両方の足首の冷たい手の感触に寒気が走る。

どこから伸びてきている手なのか、考えるだけでも気持ちが悪い。

このままだと取り込まれてしまう。

「うあああ、お願い、離してえっ!」

だが、死人形は目的のものをとらえたことに歓喜したように目を発光させ、更に多くの手がその体から伸びてくる。

「嫌~~~っ!」

両側から伸びた複数の白い手が、もがく見習い天使と抱えている小さな天使を抱えるように覆う。

「っく、くるし…」

背後からの強い締めつけに、胸に抱く小さな天使がつぶれないよう、見習い天使は必死に右の手で支えていた。

二の腕は大きく震え、もはや限界寸前であった。

「ふ、ふぇあ、ふぇあ」

あまりの苦しさに、小さな天使が泣き出した。

「チビちゃん…」

これもまた自分の失敗だ。

泣いている小さな天使のために、もう何もしてあげれないのだろうか。

歯を食いしばって、見習い天使は空間を作るべく身をよじる。

だが、身動きひとつできなかった。

悔しい。

入り口はあともう少しだというのに。

星の子との約束を、何としてでも叶えたかったのに。

涙があふれて、悔しさに紅潮した頬を滑り、死人形の白く冷たい体に降っていった。


ビクリと突然死人形がけいれんするかのように体を大きく揺すった。

「っ!?」

大きく揺れるたびに、体の中から男女の様々な声で悲鳴が上がった。

「な、にっ!?」

『た…す…けて…』

悲鳴に混じり、かすかな声が届いた。

それは少女の声。

その声は聞き覚えがあった。

街の中で、死人形と接近したときに耳にしたのと同じ声である。

白い手がゆるんだことに、顔を上げると、くりぬいたような四角い口の奥に、あの時と同じ小さな手が姿を見せていた。

『たす…けて…』

これは中にいる天使の声なのだろうか。

見習い天使は迷った。

今の死人形の状態なら、この腕の中から何とか抜け出ることができるかもしれない。

心の奥に振動してくるこの声を、無視していくことができるだろうか。

もし考えが間違っていたら?

更にこの状況を悪化させてしまったら?

この手が、死神が仕掛けた何かだったら?

「ああっ、どうしたらいいの…」

救えないとキッパリ言い切った悪魔の顔が脳裏をよぎる。

そして、天使の館を出発する時に見た上官の天使さまの顔が、あの時かけられた言葉がまるで今言われてるように聞こえてくる。

『…お前が思う通りに…迷う時も思うままに決めなさい…』

いつも厳しいばかりの上官の天使さまが、自分を案じてかけてくれた一言だ。

不安に揺れていた心が一瞬にして静まっていった。


見習い天使は、思うままにその白い指先を掴んだ。

「うあ…!」

まるで天を切り裂く雷のような衝撃が指先から足のつま先まで通っていった。

ショックに体が勝手に大きく波打った。

それは死人形の方にも同じく、大きな体の隅々に衝撃が広がっていった。

大合唱の悲鳴が一斉に上がり、覆っていた白い手がはじけて、脱力した状態で何本も下がったままとなった。

内側からのうめき声が止まらない。

死人形はもこもこと膨らみ始め、これ以上には膨れないというところまで膨張すると、死人形の体ははじけた。

「うあああ!」

衝撃に見習い天使は目をつむった。

小さな天使を抱え、白い指先を掴んだまま、大きく体を揺すられた。

揺れがおさまったことで、見習い天使は恐る恐るうつむいていた顔をあげ、目の前の光景に愕然とした。


自分が掴んでいる白い指の持ち主の姿が目の前にあった。

白さを通り越し青ざめた顔をした、自分と同じ見習い天使であった。

まだ少女のふっくらした頬に、血の気の無い形のよい唇。

閉じた目の睫毛は長く、二重のラインも入っていた。

天使の輪をいただいている頭は、見習い天使の証である肩までの長さの髪が覆っている。

自分とは違う、サラサラと流れるような金髪だ。

そしてその片手には、自分と同じく小さな天使を抱えていた。

「何てことなの…!」

あまりの変わり様に、涙が自然と滲んだ。

小さな天使のきゃしゃな首は落とされ、固定するべく頭の上から胸の真ん中へと杭が打ち込まれていた。

その先には大きくごつい錠前がかかっていた。

錠前には沢山のチェーンが下がっていた。

ゆらゆらと浮かんでいるチェーンの先には、11人の魂が、同じように首を狩られ、杭を打ち込まれ繋がれている。

「何てひどい!何てひどいの…!」

冷たく、まるで氷のように冷え切っている指先に力を入れて握り締めた。

「死神!何て、何てひどいことをするのよ!!」

死人形を意のままに操るために、狩った魂に杭を打ちこんでいたのだ。

小さな天使にしては、翼が大きかった理由。

運んでいた見習い天使ごと死人形に仕立てていたのである。

これが翼のある死人形のからくりであった。




「ここは…」

内なる門の奥に広がる光景を目の当たりにして、悪魔がつぶやいた。

月の光に照らし出されたそこには、石で作られた四角い墓碑の他、十字架の形をしたものなど様々な形のものが、時を刻んだ様子で鎮座していた。

「ただの庭園じゃなかったのか」

「お前たちは気がつかなかったようだな」

背後から死神が低い階段を下りてやってくる。

その後ろからは、死人形たちが一斉に古びたレンガの門をくぐろうと目詰まりを起こしていた。

悪魔は、まるで風にのるように飛び上がり、大きな墓碑の上に立ち、すぐに死神へと体を向けた。

「実に美しい場所だと思わないかい?」

死神は悪魔が上がっている墓碑の前にやってくると、手を伸ばして墓碑を撫で上げた。

「この四角いフォルム…。掘り込まれた左右対称の模様の絶妙な配置…。そしてこの白さ…」

陶酔しきったそのつぶやきに、悪魔は片眉を上げた。

死神の後ろに並ぶ死人形は、その趣味を反映しているようなのだ。

理解できそうにない死神の好みに、悪魔は呆れきってため息をついた。

「ふふ…ククク……」

静まりきった墓地に、死神のくぐもった笑い声が響き渡る。

「実にもったいない…。だが…受けた仕打ちを返すためなら致し方ない」

死神は言い終えると、長い鎌をくるりと回転させてから、鋭く月の光を反射する穂先を悪魔に向けて構えた。

「地の利は我にあり…!死の床に伏すものどもよ…、我が意に従え…!」

「地の利…?」

死神が口上を述べて、すぐに何も起こらなかった。

死神が現れてから、虫の音は絶えたままだ。

悪魔は周囲の気配を探る。

場の空気は冷ややかなものに変わってきている。

何を仕掛けてきているのか、悪魔はその瞬間を待った。

 


 

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「ほぅあっ…」

悪魔は、上体を折ってうめいている死神をただじっと冷めた目で見つめていた。

天使の国への入り口がどの辺りにあるのか、行き着くまでにかかる時間も悪魔は知らない。

出来る限り、ここに死神を留めておく。

そのつもりでここに残ったのである。

ノッテ、ノッテ、ノッテ。

翼の無い死人形たちが徘徊を始めた。

悪魔はそれらを目にすると、軽やかな跳躍で白い像の台座に立ち、像の横に無理やり並ぶと、死神を見下ろした。

かなりのダメージになったらしく、鎌の柄に体重をかけてかろうじて立っている。

悪魔は背後の空を見やった。

もう見習い天使の姿も、コウモリの姿も見えない。

月と雲が斑に空に浮かんでいるだけだ。

空を徘徊していた翼を持つ死人形の姿も消えてしまっていた。

二人を追っていったに違いない。

ヒュン。

するどく空気を切り裂く音に、悪魔は思わず身を屈めた。

台座から思わず片足が滑り落ちる。

破砕される音と共に、白い像の頭がレンガ敷きの地面に落ち、鈍い音を出して砕けた。

「小僧…!何てことをするんだ…!」

「もう動けるくらい、よくなっちゃったんだ」

悪魔は体勢を直すと、上唇の下に長い犬歯をのぞかせて笑い声をあげた。

「小僧…、お前、悪魔か…!」

「や、今更気づくなんてありえないし。君さ、注意力不足してない?」

口元で笑みを浮かべながら、悪魔はまばたきもせずに、死神をケモノのような金色の眼で見つめていた。

「それって元々?それとも…星の子にやられちゃったの?」

「む…」

悪魔の目下のものに話す口調が、死神は面白くない。

見習いの天使より、少し大きいくらいの見た目は少年の姿なのだ。

思わず口を引き攣らせる。

「うん。返答に時間を要しているところから察するに、天然ってヤツなんだな」

「は?いや、違う!」

「まあ、どっちでもいいけど」

悪魔は目を細めてニコリと微笑む。

浅黒い肌に月光を浴びて、魔物の輝きを放ちはじめた。

「君にはさ、ここでしばらく逗留してもらうよ」

「お前、邪魔をするつもりか。はっ、悪魔が天使を助けるって?笑い種だな」

死神は背を正すと、鎌をしかと持ち直した。

「同じ闇に属する住民として、お前とは係わり合いたくはないが」

キラリ。

長く緩やかな曲線を描く鎌が月光に煌めく。

「私の仕事を邪魔するのなら、消すまでよ…!」

シュン。

白い光を引きながら、悪魔が立っている台座を鎌で砕いた。

周りを徘徊していた死人形は、死神の活躍に、まるで決められた設定のごとく体を向けるとポフポフと脱力した拍手を一斉に送った。

「はっ、力技だね」

悪魔は軽やかに宙を飛び、死神の背後の門の上に立った。

「あまり壊すと、ここの管理人が嘆くと思うけど?」

「ふん。嘆くとお前にとっては仕事が増えていいじゃないか」

「それもそうだね」

死神が鎌の柄で突いてきたために、悪魔は余裕のある顔つきで門の向こうへと飛んでいった。

「…馬鹿め…。自らそこに入っていくとは…。ふっふっ…」

内なる門の奥へと、死神もまた冷笑をたたえて段を降りていった。



「デコ、こっちで間違いないんじゃろな」

「うん。今は入り口がどこにあるのかハッキリわかるの」

天使の国の入り口を目指して、見習い天使は小さな天使を抱えて飛び、その隣をコウモリが飛んでいた。

「悪魔の国に戻る時みたいに、パパっと瞬間移動できないんじゃな~」

「うん。もっともっと高いところにいかないといけないの」

「どのくらいなんじゃ?」

「え~と、まずはあの雲より向こう…」

見習い天使が見ているであろう先を見つめ、コウモリはゲンナリとした顔つきとなった。

「は~~、遠いんじゃな~~」

「うん。でもあれよりもっと上」

「か~~~っ!ワシ、体力持つんじゃろか」

「ジイ…は、どこまでついてくるの?」

「一応、入り口までじゃな。無事に通過したら、契約遂行じゃ」

「そっか」

コウモリがそんなに高く飛べるものなのか、見習い天使は心配になったが、今はそれどころではない。

小さな天使を抱えているせいもあり、非常に体が重い。

「ほれ、急がんと」

「うん、わかってる。でもチビちゃん抱えてるから重いんだもん」

「まぁ、天使の輪もなくなったから、力があんま出せんと思うんじゃけどな」

「ええっ!?そうなの?」

「当たり前じゃ! ただ光らせとくだけのもんじゃないじゃろ?」

「ええ~~~!あ~~ん、困ったよう~~」

「もう今更じゃ」

時すでに遅し。

ずいぶん経ってから泣き言を言い出す見習い天使に、呆れきったコウモリであった。

上空の雲がどんどん大きく近づいてきた。

「これだけ高く飛ぶと、さすがに寒いんじゃな」

「う~ん…?いつもそんなに寒くないんだけど…」

冷たい空気が辺りを漂う。

斜め上を見つめていた目を、ふと冷気を感じる真下へと向けた。

「ひゃああああ!!」

間近に、あのくりぬいただけの無表情の顔があった。

翼を持った死人形の白く四角い体が、音もなく近寄っているところだったのである。

見習い天使とコウモリは、急遽体を捻って上昇してくる死人形を避けた。

「あ、あぶなかったぁ」

「気を抜くんじゃないじょ。アイツ結構すばやいんじゃ」

同じ大きさの翼とはいえ、見習い天使の腕の中には小さな天使がいる。

かたや大きいとはいえ、中身に重さを感じない死人形はどう見ても軽い分速い。

いかつい体のせいで、やや空気抵抗があるくらいなのだ。

天使の国の入り口まで、まだ距離がある。


フッと背後が冷たくなった。

「デコ、後ろじゃ!」

見習い天使は速度を殺し、上からの攻撃をかわす。

掴まるわけにはいかない。

夜明けまでに、天使の館にこの小さな天使を運ばなくてはならないのだ。


一つ目の雲を突き抜けた。

「あれ?アイツ、どこ行ったじょ?」

白い雲が辺りに広がり、白い死人形の姿が見えなくなってしまった。

「入り口はもっと、もっと上なの。ジイ、まずは行こう」

「ジイ!」

「ジイ、ジイうるさいじょ!」

「下よ、下~~~~っ!」

まるで綿菓子のように雲を突き破って死人形が現れた。

それはコウモリの真下。

見習い天使は、コウモリに向かって飛び込んでいき、自由になっている右の手を伸ばし、コウモリを張り飛ばした。

「ごふぉっ!」

小さなコウモリは衝撃に回転しながら落ちていった。

「うあ…!」

そして見習い天使は勢いを落とす間もなく、死人形にぶつかっていった。

 

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「しつこいヤツじゃな!ワシら結界の中にいるのに、何でわかるんじゃろ」

「…それはね、天使の魂をとりこんでいるからさ。天使の魂の匂いをかぎつける…素晴らしいお人形さんなのだよ」

涼しい声音が、死人形とは別の方向から聞こえてきて、三人はハッと声が聞こえた方を見やった。

白い女の人の像の奥、入ってきたのとはまた別のレンガの門のところに、その声の主が立っていた。

足首を覆うほどに長いマント。

ほつれた裾が風に揺れている。

そして手には、魂を狩るための長い鎌を構えている。

「死神…!」

見習い天使は息を飲み込み、緊張しきった声でつぶやいた。

とうとう死神がやって来てしまったのだ。

「さあて、これで終わりだ。時間を有効につかえなかった自分を恨むんだな」

「し、死人形をばらまいておいて、その言い草はないでしょ!」

「可愛かったろう?あの子達の歩く姿の愛らしさ、堪能しただろう?」

「どこが愛らしいんじゃ!あんな間抜けな姿にされて、魂が嘆いてるじょ!」

「何だ、そのうるさいのは。いつから湧いた」

死神にそう言われて、見習い天使は思わずまばたきする。

「えっと、ずっと…いました」

「何、真面目に答えてるんじゃ!」

ムッとしたコウモリは、興奮しきって、見習い天使の頭上をクルクルと回る。

「ジイ。あんまり騒いでると腹が減るぞ」

「坊、何か悔しい気がするんじゃ」

口惜しいままに、コウモリは悪魔の肩の上に乗った。

そして緊張の色を漂わせながら、死神の出を待った。

相手は冥府の狩人である。

「上から見て気づいたんだが、ここはいいところだな」

「あああ、は、はい。とっても綺麗」

「何、世間話しとるんじゃ!!」

「あっ」

コウモリの突っ込みに、見習い天使は思わず肩をすぼめた。

緊張のあまりに、今しなくてもいい話を続けそうになった口をあわてて閉じた。

「ジイ」

更に小言を続けようとしたコウモリに、悪魔がささやく。

「オレが引き止めてるうちに、デコとゲートに向かえ」

「坊、とんずらするなら今のうちじゃよ。あの死神、狙ってるもの以外見てないみたいじゃし」

「行け」

悪魔が肩を揺らし、コウモリは渋々と言った様子でまた羽ばたいた。

ノッテ、ノッテ、ノッテ。

後ろの門の方から、重みの無い足音が聞こえてくる。

「あっ!?」

足音に三人が振り返る。

レンガの古めかしいあの門で、白い死人形が入り込もうとひしめき合っていた。

そう、街に溢れていた翼のない死人形たちだ。

「やっと着いたようだね、私のお人形さんたち」

死神が嬉しそうな声を上げる。

「何じゃ、コイツら。あんな一斉に入ろうとしたら詰まるに決まってるじゃろ」

ぎゅうぎゅうと押し合い、ひどく体を変形させながら、一体、また一体と門から搾り出されるように這い出てくる。

広場の周りは蔦のからまった塀で囲われている。

もうひとつの門の前は、死神が陣取っている。

だが、三人には翼がある。

いつだって飛び出せる。

それを見張るかのように、白い翼の死人形が空を徘徊していた。

「さあ…、夜も更けた。もらいそこねた魂を狩らせてもらうよ」

「あなたにチビちゃんは渡さないもん!」

「あう~」

死神に向けて、見習い天使は「い~~」っと噛みしめた歯を見せた。

もう見つかった以上、この場を振り切るしかない。

おなかの中心に力を溜めた。

無力な自分に出来ることは、逃げることだけ。

天使の国への入り口の場所もわかっている。

「チビちゃん…。私、絶対あなたを守るから…」

何もわかっていないであろう小さな天使にそうささやくと、抱いている腕に力を込めた。

「くっくっ、笑わせてくれる。何が守るだ。非力なお前に何ができる?」

死神がマントを大きく揺らして笑い声を上げた。

ひどく皮肉めいた笑い声であった。

「守るわよっ!」

「無理だね。おや…。あの憎らしい星の子の姿がないね。どうしちゃったのかな」

見習い天使は、唇を噛みしめた。

自分が招いたこととはいえ、星の子にあんなむごいことをした死神に怒りが湧いてくる。

「おや…。ふふっ、また泣いてるのかい?」

「泣いてなんかないもんっ!」

「涙が滲んでるじゃないか。この泣き虫め…!」

「泣いてないもんっ!」

見習い天使は、白い像の台座に積まれている硬貨を掴むと、死神に向けて思いっきり投げつけた。

死神は、鎌の柄でそれらを払う。

コーン…。

払い損ねた硬貨の一枚が、硬い音を立てて顔に当たりレンガ敷きの地面を転がっていった。

「痛……っ」

大した威力もなさそうな攻撃に、死神はうめき声を上げるとよろけて片膝をついた。

「弱っ!あれしきのことで何じゃアイツ!」

コウモリが顎を落としそうなくらい口を開いて言う。

硬貨を投げつけた見習い天使も驚いた顔で、投げた姿勢のままで固まってしまっていた。

「痛いじゃないか…!顔を狙うなんて卑怯だぞ!」

よろけながら死神が顔を上げる。

月光に深く被っているフードの下の顔が照らし出された。

前とは違い、口から上の顔には仮面が覆われていた。

冷たい輝きを放つ白金の面。

「はぁ…っ! やっと痛いのが治まったというのに…。忌々しい…星の子め…」

星の子が、自分の体を壊すほどに出した光によって焼かれた傷がまだ癒えてなかったのだ。

ダメージの残る死神からなら、逃げ切れるはず。

見習い天使は、また硬貨を拾い上げ、すぐに投げつけた。

だが、死神は硬貨を鎌の柄で容易に払った。

「バカめ。そう易々と当てられてたまるか」

皮肉めいた笑みを、死神が浮かべた途端、脇から飛んできたレンガがその顔を直撃した。


「デコジイも、ゲートへ行け!」

「いやっ!一緒に発音した!」

「坊、アンタ、死神になんてことするんじゃ」

「ぐちゃぐちゃ言ってないで、行けよっ!」

「あ…、でも…」

不敵に口元だけで笑う悪魔の顔に、見習い天使は思い詰めた顔でうなずくと、力を溜めて少し体を沈め、一気に空へと舞い上がった。

力強く羽ばたいて、木立ちを縫い、広い空へと飛び出した。

天使の国の入り口を目指して。

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「お~い、どこまで行くんじゃ~?」

途中で振り払われたために、先を行く見習い天使を疲れた顔でコウモリは見つめて言う。

「結構、街から離れたじょ」

街灯りが遠のき、家も少ない場所になったため、空の暗さがよくわかる。

曲がりくねっている道路に街灯の明かりもまばらで、道の傍に建っている家々の明かりも深夜のために絶えていた。

辺りは静かで、初秋の穏やかな虫の合唱があちこちから聞こえてくる。

「どうじゃ、天使の国への入り口は見えそうか?」

「ん~…」

足をとめた見習い天使は空を仰ぐ。

星の子の話だと、青い星がその目印となっているらしい。

雲のトンネルをくぐり抜けてきた時は、前に広がる地上の明かりに目を奪われていて、トンネルを振り返ることもしなかったのだ。

白い雲が斑に散って浮かんでいる夜空を、見習い天使は目を凝らして見据える。

「ん~…」

天空には大きな月が懸かっている。

ずいぶんと傾いてはきてるが、その月明かりに星の輝きがすっかり薄れていて、どこにその青い星があるのかまったくわからない。

「…どうしよう…」

「目で見える目印なのか?」

頭の後ろの方からの悪魔の声に、見習い天使は振り返る。

「わからない…。星の子は青い星が目印だって、心を澄ませて探せって言ってたけど…」

「目に見えるものだけがすべてじゃない」

「でも、どうやったら…」

見習い天使は途方に暮れた。

「ね、あなたたちはどうやって悪魔の国に帰るの?」

「そんなの簡単じゃよ。扉を思い出すだけじゃ」

「扉?」

見習い天使は、パタパタと頭の周りを飛ぶコウモリを目で追う。

「あの重厚で口やかましい門番の腹黒い中身を表わしてるような真っ黒い鉄の扉を思い描くんじゃ」

「え~と…門番?」

「これがまたいやらしいヤツなんじゃ!せっかくワシらが集めてきたもんの一割奪いよるんじゃ!厚かましいじゃろ!」

何やら不快なことを思い出したらしいコウモリは、鼻息荒くたたみかけるように見習い天使に言った。

「予定時間をちいっとばかり越えただけで、それが二割に増えるんじゃよ!腹だたしいじゃろ!」

「や、ジイ、そんなのデコに言っても通じないから」

「通じんとは、どういうことじゃ!こんなにわかりやすく言ってるじゃろが!」

「うるさい」

「ふごっ!」

指でビシッとはじかれて、コウモリは道路脇の茂みに飛んでいった。

茂みには川が流れていて、ジャボンと水音があがる。

「ああっ!」

「や、平気だから」

「ええっ!?」

見事な弾き技に、見習い天使は、いつも自分が上官の天使さまにされているデコピンを思い出し、額がうずいた。

コウモリが気の毒でならない。

「痛そう…」

コウモリが戻ってくるのを待っていると、明かりが目に射しこみ、見習い天使は振り返った。

街の方から、二つの灯りをつけた車がゆっくりと坂になっているこの道を登ってくる。

そして一行の姿の見えないその車は、止まることもなく通り過ぎていった。

辺りはまた静けさを取り戻し、虫の繊細な鳴き声が響き出した。

「ねぇ、ジイさん、流れちゃったんじゃないの?」

「ジイさんって呼んじゃだめじゃ!」

「わあっ!」

突如現れたコウモリは、水しぶきを飛ばしながら、見習い天使のやわらかい髪の上に止まった。

「や~ん…」

額からポタポタと水が滴ってきて実に不快である。

「ジジイ臭いから、さんをつけるんじゃないじょ」

「は~い…」

もう泣きたくなるくらいよくわからない人たちで、見習い天使はため息混じりに返事をした。

そうしている間にも、また高らかにエンジンの音がして、また車が登ってくる。

「ん?どこ行くんじゃ?」

「うん、何か集中出来ないから、この奥に行ってみる」

小さな川にかかっている橋の向こうには、古びたレンガの門構えがあり、蔦が絡んでいるが、とても整備されている場所のようであった。

街灯の明かりに照らし出されて、門の向こうに花が茂っているのが浮かび上がって見える。

「公園みたいじゃな」

「公園?」

「お前さんみたいなチビっこが遊んだりするところじゃ」

「じゃあ、集中するのにいい場所だよね」

見習い天使は、小さな天使を抱え直すと、街灯の明かりに浮かぶ小さく古びた橋を渡り、レンガのアーチをくぐっていった。

蔦が絡んで見えなくなっている表札には「セメタリー」と書かれていたが、誰も気づくことなく通っていった。



門を越えて進んでいくと、月の白い明かりが差し込んでいて、とても幻想的な庭園が目の前に広がった。

「うわ…綺麗…」

柵にはバラが絡まるように伸びていて、今を盛りに咲いていた。

ほのかに街ではしなかった清々しい香りが漂っている。

広場の中心には、白い女の人の像があった。

布を被り、少しうつむき加減のその顔は微笑みをたたえている。

どこか上層の天使さまの顔に似ている。

周りの雰囲気に酔いしれていた見習い天使は使命を思い出し、気を引き締めると空を仰いだ。

「お願い…、どうかトンネルの入り口を教えて…」

祈るように空を見渡した。

月明かりに薄れる星々を見渡す。

そして心を澄ませる。

辺りから聞こえてくる虫の声も遠ざかっていく。

近くに立っている悪魔とコウモリの姿も離れていく。

視界がぐんと伸びる。

月を囲む夜空に、近づいていくような心持ちになっていく。

天使の館で待っているであろう上官の天使さまの面影を追う。

白い雲を越えて、心だけが飛んでいく。

目の前に青い星が瞬いた。

青いランタンを持っている星の子の姿が。

「…星…の子…っ!」

もう懐かしくてしょうがない星の子の姿に、見習い天使は集中を欠いた。

一気に体に心が引き戻される。

めまいに襲われ、息が詰まって、思わず膝をついた。

悪魔がそれ以上に倒れないようにと腕を支えてくれた。

「う…」

むせ込む見習い天使に、コウモリが心配そうに覗きこむ。

「大丈夫か?急に咳き込んでビックリしたじょ」

「うん…、でも、見えた…入り口が…」

あのランタンを持っている星の子は、違う子なのだろう。

悪魔とコウモリから見えないように、浮かんだ涙を手の甲で拭った。

「見つけたんじゃな!」

「うん」

コクリとうなづいた見習い天使の上空で、強い風が渦巻いた。

冷たい空気が沁みこんでくる。

ぞくりとした殺気を感じて、三人は一斉に空を見上げる。

月光が陰った。

三人を照らす月の光の中に、あの四角いシルエットがあった。

「死人形!」

体から翼がはみ出している。

天使のものであるはずの翼が。

逆光に黒くなっている体に、くりぬいただけの二つの目が怪しく光っていた。

 

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報告を終えた星の子は、何か情報はないかと、あわてた様子で部屋を出て行った。

また月明かりだけが差し込む部屋に、上官の天使はたったひとりとなって立ち尽くしていた。


鏡には、相変わらず上官の天使の白い姿と部屋の様子だけが映っているだけ。

鏡に映っている姿をじっと見つめながら、上官の天使は想う。

あの時も、ちょうどこの部屋にいた時であったと。




コンコン。

不意に窓ガラスが叩かれ、上官の天使は目を向けた。

淡く星明りに包まれた星の子の姿が、窓の外にあった。

自分が振り返ったことで、星の子の小さな口元がニコと上がる。

上官の天使は、その窓辺に寄り、窓の格子を上げた。

『何か用か?星の子』

『用っていうか、話と言うか…。久しぶりだね、ツリ目ちゃん』

その声には覚えがある。

上官の天使は、ちょっと不快な呼び名に目を更につり上げる。

この星の子は、新しい天使を迎えに行く試練を共にした星の子であった。

前に会った時よりも、何だか口調が明るい。

『その名で呼ぶのはやめてもらおうか』

見習い天使から格上となった身の上であるが、まだ名前を名乗る身分ではない。

ましてや、この星の子は、自分を見た目のままに呼ぶ。

他の天使たちより、自分の目がつりあがりぎみなのは承知の上だ。

優しい面立ちの天使たちの中で、自分の顔つきがどれだけ異彩を放っているかもわかっている。

『ああ、ごめんね。君はすっかり大きくなっちゃったけど、やっぱりその名前で呼んでみたくって…』

『変わっているな、お前は。話はそれだけか?』

窓を閉めようとする上官の天使に、星の子はあわてる。

『あああ、待ってよ、ツリ目ちゃん。さっき、あの子に会ったよ』

上官の天使は力を加えようとしていた手を止めた。

『あの子?』

『あの子だよ、あんなに大きくなってるなんて、ボクびっくりしちゃったよ』

それでもよくわからない上官の天使に、星の子は顔をくしゃりと歪めて笑った。

上官の天使は、星の子がそんな風に笑うのをはじめて目にして、驚きに唇を少し開いて見つめた。

『君がさっき、デコピンしていた子。ボクたちが迎えに行った子なんだもの』

『ああ…』

星の子は、先ほどある見習い天使をしかっていたのを見ていたらしい。

他の上官の天使に遠巻きに小言を広められるくらいなら、自分が悪役を買う方がいいと思ってのことだ。

誕生と共に大きな力を発動してしまったゆえなのか、どうも当たり前のことがこなせないのである。

『大きくなっても、あの額の広さ…』

何やら思い出したのか、星の子は愉快そうに、角ばった星型の頭を揺すった。

『天使の成長は、人のそれとは違うからな』

『うん、わかってるけど。それに、君も位をもらってずいぶん姿が変わったし』

『うん…?』

上官の天使の顔をじっと見つめて、星の子は淋しいそうな陰を落とした。

『自分だけ変わらずいるのって、悲しいよね』

『…お前も、ずいぶんと今日は明るいみたいだが?』

『…ボクは変われるかな…?君たちみたいに』

『変われる…。私はそう思っている』

だからこそ、試練を受ける。

雲のトンネルを通る前と、そして戻ってきた後に、誰かしら変化がある。

見た目の変化が著しい天使たちより、本当は星の子の方が変わっているように上官の天使は思う。

『早く次の任務が来ないかな』

翳りを散らすように、星の子は微笑んだ。

『ねぇ、ツリ目ちゃん。ここって「鏡の間」でしょ?』

『ああ。今の私は、この鏡を覗く資格があるからな』

『…オデコちゃんのお母さんがどうなってるかも、覗いてみたの?』

『……』

不意に訊かれたことに、上官の天使は目線を背けた。

『ああ、ごめん。もしかして言えないことだった?でも、ずっと気になってたんだ…だって、あの時』

『今は』

星の子の話を遮るように、上官の天使は話し出した。

『今は元気にしている』

『ほんと?』

『ああ…』

ホッと安堵したため息を星の子は漏らした。

『よかった。ボクはてっきり』

『星の子』

『え?何?ツリ目ちゃん』

『見ろ。空に信号星が上がった。遅れるぞ』

星の子は背後の空にチカチカと上がっている一番星を見つめた。

『あっと、ほんとだ。じゃ、ツリ目ちゃん、また今度ね』

『次はその名は禁止だ』

『ええーっ!だって、君とボクの仲じゃないか』

星の子を見上げる上官の天使の驚く顔つきに、星の子は恥ずかしそうに笑う。

『だってさ、ボク、友達をあだ名で呼んでみたかったんだ』

『友達?』

星の子は、はにかむように笑いながら、キラキラした光の線を引いて飛んでいった。


星の子…。

私はいつも、お前に一線を引いていた。

お前だけではない、この館に暮す誰にでもだ。

自分が置かれる位にふさわしくあろうと。


だが、星の子、お前はいつも位も何もない素の自分に話しかけてくる。
友達と言った、その言葉がこの心にあるものなのかよくわからない。


けれど、星の子。

お前が運命の扉をくぐっていったと聞いて、私は…やはり淋しいよ。

この夜が明けるまでに、任務を無事に終えた暁には、決まっていた別れであったというのに。

星の子…、お前の願いは叶ったのだろうか…。

そして私達が運んできたあの見習い天使は、今どうしているのだろう…。




上官の天使は、窓から覗く傾き白く光る月を、翳った眼差しで見つめた。
 

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