モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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「ほぅあっ…」
悪魔は、上体を折ってうめいている死神をただじっと冷めた目で見つめていた。
天使の国への入り口がどの辺りにあるのか、行き着くまでにかかる時間も悪魔は知らない。
出来る限り、ここに死神を留めておく。
そのつもりでここに残ったのである。
ノッテ、ノッテ、ノッテ。
翼の無い死人形たちが徘徊を始めた。
悪魔はそれらを目にすると、軽やかな跳躍で白い像の台座に立ち、像の横に無理やり並ぶと、死神を見下ろした。
かなりのダメージになったらしく、鎌の柄に体重をかけてかろうじて立っている。
悪魔は背後の空を見やった。
もう見習い天使の姿も、コウモリの姿も見えない。
月と雲が斑に空に浮かんでいるだけだ。
空を徘徊していた翼を持つ死人形の姿も消えてしまっていた。
二人を追っていったに違いない。
ヒュン。
するどく空気を切り裂く音に、悪魔は思わず身を屈めた。
台座から思わず片足が滑り落ちる。
破砕される音と共に、白い像の頭がレンガ敷きの地面に落ち、鈍い音を出して砕けた。
「小僧…!何てことをするんだ…!」
「もう動けるくらい、よくなっちゃったんだ」
悪魔は体勢を直すと、上唇の下に長い犬歯をのぞかせて笑い声をあげた。
「小僧…、お前、悪魔か…!」
「や、今更気づくなんてありえないし。君さ、注意力不足してない?」
口元で笑みを浮かべながら、悪魔はまばたきもせずに、死神をケモノのような金色の眼で見つめていた。
「それって元々?それとも…星の子にやられちゃったの?」
「む…」
悪魔の目下のものに話す口調が、死神は面白くない。
見習いの天使より、少し大きいくらいの見た目は少年の姿なのだ。
思わず口を引き攣らせる。
「うん。返答に時間を要しているところから察するに、天然ってヤツなんだな」
「は?いや、違う!」
「まあ、どっちでもいいけど」
悪魔は目を細めてニコリと微笑む。
浅黒い肌に月光を浴びて、魔物の輝きを放ちはじめた。
「君にはさ、ここでしばらく逗留してもらうよ」
「お前、邪魔をするつもりか。はっ、悪魔が天使を助けるって?笑い種だな」
死神は背を正すと、鎌をしかと持ち直した。
「同じ闇に属する住民として、お前とは係わり合いたくはないが」
キラリ。
長く緩やかな曲線を描く鎌が月光に煌めく。
「私の仕事を邪魔するのなら、消すまでよ…!」
シュン。
白い光を引きながら、悪魔が立っている台座を鎌で砕いた。
周りを徘徊していた死人形は、死神の活躍に、まるで決められた設定のごとく体を向けるとポフポフと脱力した拍手を一斉に送った。
「はっ、力技だね」
悪魔は軽やかに宙を飛び、死神の背後の門の上に立った。
「あまり壊すと、ここの管理人が嘆くと思うけど?」
「ふん。嘆くとお前にとっては仕事が増えていいじゃないか」
「それもそうだね」
死神が鎌の柄で突いてきたために、悪魔は余裕のある顔つきで門の向こうへと飛んでいった。
「…馬鹿め…。自らそこに入っていくとは…。ふっふっ…」
内なる門の奥へと、死神もまた冷笑をたたえて段を降りていった。
「デコ、こっちで間違いないんじゃろな」
「うん。今は入り口がどこにあるのかハッキリわかるの」
天使の国の入り口を目指して、見習い天使は小さな天使を抱えて飛び、その隣をコウモリが飛んでいた。
「悪魔の国に戻る時みたいに、パパっと瞬間移動できないんじゃな~」
「うん。もっともっと高いところにいかないといけないの」
「どのくらいなんじゃ?」
「え~と、まずはあの雲より向こう…」
見習い天使が見ているであろう先を見つめ、コウモリはゲンナリとした顔つきとなった。
「は~~、遠いんじゃな~~」
「うん。でもあれよりもっと上」
「か~~~っ!ワシ、体力持つんじゃろか」
「ジイ…は、どこまでついてくるの?」
「一応、入り口までじゃな。無事に通過したら、契約遂行じゃ」
「そっか」
コウモリがそんなに高く飛べるものなのか、見習い天使は心配になったが、今はそれどころではない。
小さな天使を抱えているせいもあり、非常に体が重い。
「ほれ、急がんと」
「うん、わかってる。でもチビちゃん抱えてるから重いんだもん」
「まぁ、天使の輪もなくなったから、力があんま出せんと思うんじゃけどな」
「ええっ!?そうなの?」
「当たり前じゃ! ただ光らせとくだけのもんじゃないじゃろ?」
「ええ~~~!あ~~ん、困ったよう~~」
「もう今更じゃ」
時すでに遅し。
ずいぶん経ってから泣き言を言い出す見習い天使に、呆れきったコウモリであった。
上空の雲がどんどん大きく近づいてきた。
「これだけ高く飛ぶと、さすがに寒いんじゃな」
「う~ん…?いつもそんなに寒くないんだけど…」
冷たい空気が辺りを漂う。
斜め上を見つめていた目を、ふと冷気を感じる真下へと向けた。
「ひゃああああ!!」
間近に、あのくりぬいただけの無表情の顔があった。
翼を持った死人形の白く四角い体が、音もなく近寄っているところだったのである。
見習い天使とコウモリは、急遽体を捻って上昇してくる死人形を避けた。
「あ、あぶなかったぁ」
「気を抜くんじゃないじょ。アイツ結構すばやいんじゃ」
同じ大きさの翼とはいえ、見習い天使の腕の中には小さな天使がいる。
かたや大きいとはいえ、中身に重さを感じない死人形はどう見ても軽い分速い。
いかつい体のせいで、やや空気抵抗があるくらいなのだ。
天使の国の入り口まで、まだ距離がある。
フッと背後が冷たくなった。
「デコ、後ろじゃ!」
見習い天使は速度を殺し、上からの攻撃をかわす。
掴まるわけにはいかない。
夜明けまでに、天使の館にこの小さな天使を運ばなくてはならないのだ。
一つ目の雲を突き抜けた。
「あれ?アイツ、どこ行ったじょ?」
白い雲が辺りに広がり、白い死人形の姿が見えなくなってしまった。
「入り口はもっと、もっと上なの。ジイ、まずは行こう」
「ジイ!」
「ジイ、ジイうるさいじょ!」
「下よ、下~~~~っ!」
まるで綿菓子のように雲を突き破って死人形が現れた。
それはコウモリの真下。
見習い天使は、コウモリに向かって飛び込んでいき、自由になっている右の手を伸ばし、コウモリを張り飛ばした。
「ごふぉっ!」
小さなコウモリは衝撃に回転しながら落ちていった。
「うあ…!」
そして見習い天使は勢いを落とす間もなく、死人形にぶつかっていった。