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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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勢いあるまま体当たりとなった死人形の体は、見たままの感触だった。

スベスベしていて、それでいてスポンジのようにふんわりとしていた。

「ああっ、冷たい…っ!」

接触している頬が冷えて、見習い天使は右の手で必死に押す。

そして翼を羽ばたかせる。

「離してっ!」

いつの間にか掴まれた両方の足首の冷たい手の感触に寒気が走る。

どこから伸びてきている手なのか、考えるだけでも気持ちが悪い。

このままだと取り込まれてしまう。

「うあああ、お願い、離してえっ!」

だが、死人形は目的のものをとらえたことに歓喜したように目を発光させ、更に多くの手がその体から伸びてくる。

「嫌~~~っ!」

両側から伸びた複数の白い手が、もがく見習い天使と抱えている小さな天使を抱えるように覆う。

「っく、くるし…」

背後からの強い締めつけに、胸に抱く小さな天使がつぶれないよう、見習い天使は必死に右の手で支えていた。

二の腕は大きく震え、もはや限界寸前であった。

「ふ、ふぇあ、ふぇあ」

あまりの苦しさに、小さな天使が泣き出した。

「チビちゃん…」

これもまた自分の失敗だ。

泣いている小さな天使のために、もう何もしてあげれないのだろうか。

歯を食いしばって、見習い天使は空間を作るべく身をよじる。

だが、身動きひとつできなかった。

悔しい。

入り口はあともう少しだというのに。

星の子との約束を、何としてでも叶えたかったのに。

涙があふれて、悔しさに紅潮した頬を滑り、死人形の白く冷たい体に降っていった。


ビクリと突然死人形がけいれんするかのように体を大きく揺すった。

「っ!?」

大きく揺れるたびに、体の中から男女の様々な声で悲鳴が上がった。

「な、にっ!?」

『た…す…けて…』

悲鳴に混じり、かすかな声が届いた。

それは少女の声。

その声は聞き覚えがあった。

街の中で、死人形と接近したときに耳にしたのと同じ声である。

白い手がゆるんだことに、顔を上げると、くりぬいたような四角い口の奥に、あの時と同じ小さな手が姿を見せていた。

『たす…けて…』

これは中にいる天使の声なのだろうか。

見習い天使は迷った。

今の死人形の状態なら、この腕の中から何とか抜け出ることができるかもしれない。

心の奥に振動してくるこの声を、無視していくことができるだろうか。

もし考えが間違っていたら?

更にこの状況を悪化させてしまったら?

この手が、死神が仕掛けた何かだったら?

「ああっ、どうしたらいいの…」

救えないとキッパリ言い切った悪魔の顔が脳裏をよぎる。

そして、天使の館を出発する時に見た上官の天使さまの顔が、あの時かけられた言葉がまるで今言われてるように聞こえてくる。

『…お前が思う通りに…迷う時も思うままに決めなさい…』

いつも厳しいばかりの上官の天使さまが、自分を案じてかけてくれた一言だ。

不安に揺れていた心が一瞬にして静まっていった。


見習い天使は、思うままにその白い指先を掴んだ。

「うあ…!」

まるで天を切り裂く雷のような衝撃が指先から足のつま先まで通っていった。

ショックに体が勝手に大きく波打った。

それは死人形の方にも同じく、大きな体の隅々に衝撃が広がっていった。

大合唱の悲鳴が一斉に上がり、覆っていた白い手がはじけて、脱力した状態で何本も下がったままとなった。

内側からのうめき声が止まらない。

死人形はもこもこと膨らみ始め、これ以上には膨れないというところまで膨張すると、死人形の体ははじけた。

「うあああ!」

衝撃に見習い天使は目をつむった。

小さな天使を抱え、白い指先を掴んだまま、大きく体を揺すられた。

揺れがおさまったことで、見習い天使は恐る恐るうつむいていた顔をあげ、目の前の光景に愕然とした。


自分が掴んでいる白い指の持ち主の姿が目の前にあった。

白さを通り越し青ざめた顔をした、自分と同じ見習い天使であった。

まだ少女のふっくらした頬に、血の気の無い形のよい唇。

閉じた目の睫毛は長く、二重のラインも入っていた。

天使の輪をいただいている頭は、見習い天使の証である肩までの長さの髪が覆っている。

自分とは違う、サラサラと流れるような金髪だ。

そしてその片手には、自分と同じく小さな天使を抱えていた。

「何てことなの…!」

あまりの変わり様に、涙が自然と滲んだ。

小さな天使のきゃしゃな首は落とされ、固定するべく頭の上から胸の真ん中へと杭が打ち込まれていた。

その先には大きくごつい錠前がかかっていた。

錠前には沢山のチェーンが下がっていた。

ゆらゆらと浮かんでいるチェーンの先には、11人の魂が、同じように首を狩られ、杭を打ち込まれ繋がれている。

「何てひどい!何てひどいの…!」

冷たく、まるで氷のように冷え切っている指先に力を入れて握り締めた。

「死神!何て、何てひどいことをするのよ!!」

死人形を意のままに操るために、狩った魂に杭を打ちこんでいたのだ。

小さな天使にしては、翼が大きかった理由。

運んでいた見習い天使ごと死人形に仕立てていたのである。

これが翼のある死人形のからくりであった。




「ここは…」

内なる門の奥に広がる光景を目の当たりにして、悪魔がつぶやいた。

月の光に照らし出されたそこには、石で作られた四角い墓碑の他、十字架の形をしたものなど様々な形のものが、時を刻んだ様子で鎮座していた。

「ただの庭園じゃなかったのか」

「お前たちは気がつかなかったようだな」

背後から死神が低い階段を下りてやってくる。

その後ろからは、死人形たちが一斉に古びたレンガの門をくぐろうと目詰まりを起こしていた。

悪魔は、まるで風にのるように飛び上がり、大きな墓碑の上に立ち、すぐに死神へと体を向けた。

「実に美しい場所だと思わないかい?」

死神は悪魔が上がっている墓碑の前にやってくると、手を伸ばして墓碑を撫で上げた。

「この四角いフォルム…。掘り込まれた左右対称の模様の絶妙な配置…。そしてこの白さ…」

陶酔しきったそのつぶやきに、悪魔は片眉を上げた。

死神の後ろに並ぶ死人形は、その趣味を反映しているようなのだ。

理解できそうにない死神の好みに、悪魔は呆れきってため息をついた。

「ふふ…ククク……」

静まりきった墓地に、死神のくぐもった笑い声が響き渡る。

「実にもったいない…。だが…受けた仕打ちを返すためなら致し方ない」

死神は言い終えると、長い鎌をくるりと回転させてから、鋭く月の光を反射する穂先を悪魔に向けて構えた。

「地の利は我にあり…!死の床に伏すものどもよ…、我が意に従え…!」

「地の利…?」

死神が口上を述べて、すぐに何も起こらなかった。

死神が現れてから、虫の音は絶えたままだ。

悪魔は周囲の気配を探る。

場の空気は冷ややかなものに変わってきている。

何を仕掛けてきているのか、悪魔はその瞬間を待った。

 


 

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