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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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「しつこいヤツじゃな!ワシら結界の中にいるのに、何でわかるんじゃろ」

「…それはね、天使の魂をとりこんでいるからさ。天使の魂の匂いをかぎつける…素晴らしいお人形さんなのだよ」

涼しい声音が、死人形とは別の方向から聞こえてきて、三人はハッと声が聞こえた方を見やった。

白い女の人の像の奥、入ってきたのとはまた別のレンガの門のところに、その声の主が立っていた。

足首を覆うほどに長いマント。

ほつれた裾が風に揺れている。

そして手には、魂を狩るための長い鎌を構えている。

「死神…!」

見習い天使は息を飲み込み、緊張しきった声でつぶやいた。

とうとう死神がやって来てしまったのだ。

「さあて、これで終わりだ。時間を有効につかえなかった自分を恨むんだな」

「し、死人形をばらまいておいて、その言い草はないでしょ!」

「可愛かったろう?あの子達の歩く姿の愛らしさ、堪能しただろう?」

「どこが愛らしいんじゃ!あんな間抜けな姿にされて、魂が嘆いてるじょ!」

「何だ、そのうるさいのは。いつから湧いた」

死神にそう言われて、見習い天使は思わずまばたきする。

「えっと、ずっと…いました」

「何、真面目に答えてるんじゃ!」

ムッとしたコウモリは、興奮しきって、見習い天使の頭上をクルクルと回る。

「ジイ。あんまり騒いでると腹が減るぞ」

「坊、何か悔しい気がするんじゃ」

口惜しいままに、コウモリは悪魔の肩の上に乗った。

そして緊張の色を漂わせながら、死神の出を待った。

相手は冥府の狩人である。

「上から見て気づいたんだが、ここはいいところだな」

「あああ、は、はい。とっても綺麗」

「何、世間話しとるんじゃ!!」

「あっ」

コウモリの突っ込みに、見習い天使は思わず肩をすぼめた。

緊張のあまりに、今しなくてもいい話を続けそうになった口をあわてて閉じた。

「ジイ」

更に小言を続けようとしたコウモリに、悪魔がささやく。

「オレが引き止めてるうちに、デコとゲートに向かえ」

「坊、とんずらするなら今のうちじゃよ。あの死神、狙ってるもの以外見てないみたいじゃし」

「行け」

悪魔が肩を揺らし、コウモリは渋々と言った様子でまた羽ばたいた。

ノッテ、ノッテ、ノッテ。

後ろの門の方から、重みの無い足音が聞こえてくる。

「あっ!?」

足音に三人が振り返る。

レンガの古めかしいあの門で、白い死人形が入り込もうとひしめき合っていた。

そう、街に溢れていた翼のない死人形たちだ。

「やっと着いたようだね、私のお人形さんたち」

死神が嬉しそうな声を上げる。

「何じゃ、コイツら。あんな一斉に入ろうとしたら詰まるに決まってるじゃろ」

ぎゅうぎゅうと押し合い、ひどく体を変形させながら、一体、また一体と門から搾り出されるように這い出てくる。

広場の周りは蔦のからまった塀で囲われている。

もうひとつの門の前は、死神が陣取っている。

だが、三人には翼がある。

いつだって飛び出せる。

それを見張るかのように、白い翼の死人形が空を徘徊していた。

「さあ…、夜も更けた。もらいそこねた魂を狩らせてもらうよ」

「あなたにチビちゃんは渡さないもん!」

「あう~」

死神に向けて、見習い天使は「い~~」っと噛みしめた歯を見せた。

もう見つかった以上、この場を振り切るしかない。

おなかの中心に力を溜めた。

無力な自分に出来ることは、逃げることだけ。

天使の国への入り口の場所もわかっている。

「チビちゃん…。私、絶対あなたを守るから…」

何もわかっていないであろう小さな天使にそうささやくと、抱いている腕に力を込めた。

「くっくっ、笑わせてくれる。何が守るだ。非力なお前に何ができる?」

死神がマントを大きく揺らして笑い声を上げた。

ひどく皮肉めいた笑い声であった。

「守るわよっ!」

「無理だね。おや…。あの憎らしい星の子の姿がないね。どうしちゃったのかな」

見習い天使は、唇を噛みしめた。

自分が招いたこととはいえ、星の子にあんなむごいことをした死神に怒りが湧いてくる。

「おや…。ふふっ、また泣いてるのかい?」

「泣いてなんかないもんっ!」

「涙が滲んでるじゃないか。この泣き虫め…!」

「泣いてないもんっ!」

見習い天使は、白い像の台座に積まれている硬貨を掴むと、死神に向けて思いっきり投げつけた。

死神は、鎌の柄でそれらを払う。

コーン…。

払い損ねた硬貨の一枚が、硬い音を立てて顔に当たりレンガ敷きの地面を転がっていった。

「痛……っ」

大した威力もなさそうな攻撃に、死神はうめき声を上げるとよろけて片膝をついた。

「弱っ!あれしきのことで何じゃアイツ!」

コウモリが顎を落としそうなくらい口を開いて言う。

硬貨を投げつけた見習い天使も驚いた顔で、投げた姿勢のままで固まってしまっていた。

「痛いじゃないか…!顔を狙うなんて卑怯だぞ!」

よろけながら死神が顔を上げる。

月光に深く被っているフードの下の顔が照らし出された。

前とは違い、口から上の顔には仮面が覆われていた。

冷たい輝きを放つ白金の面。

「はぁ…っ! やっと痛いのが治まったというのに…。忌々しい…星の子め…」

星の子が、自分の体を壊すほどに出した光によって焼かれた傷がまだ癒えてなかったのだ。

ダメージの残る死神からなら、逃げ切れるはず。

見習い天使は、また硬貨を拾い上げ、すぐに投げつけた。

だが、死神は硬貨を鎌の柄で容易に払った。

「バカめ。そう易々と当てられてたまるか」

皮肉めいた笑みを、死神が浮かべた途端、脇から飛んできたレンガがその顔を直撃した。


「デコジイも、ゲートへ行け!」

「いやっ!一緒に発音した!」

「坊、アンタ、死神になんてことするんじゃ」

「ぐちゃぐちゃ言ってないで、行けよっ!」

「あ…、でも…」

不敵に口元だけで笑う悪魔の顔に、見習い天使は思い詰めた顔でうなずくと、力を溜めて少し体を沈め、一気に空へと舞い上がった。

力強く羽ばたいて、木立ちを縫い、広い空へと飛び出した。

天使の国の入り口を目指して。

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