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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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報告を終えた星の子は、何か情報はないかと、あわてた様子で部屋を出て行った。

また月明かりだけが差し込む部屋に、上官の天使はたったひとりとなって立ち尽くしていた。


鏡には、相変わらず上官の天使の白い姿と部屋の様子だけが映っているだけ。

鏡に映っている姿をじっと見つめながら、上官の天使は想う。

あの時も、ちょうどこの部屋にいた時であったと。




コンコン。

不意に窓ガラスが叩かれ、上官の天使は目を向けた。

淡く星明りに包まれた星の子の姿が、窓の外にあった。

自分が振り返ったことで、星の子の小さな口元がニコと上がる。

上官の天使は、その窓辺に寄り、窓の格子を上げた。

『何か用か?星の子』

『用っていうか、話と言うか…。久しぶりだね、ツリ目ちゃん』

その声には覚えがある。

上官の天使は、ちょっと不快な呼び名に目を更につり上げる。

この星の子は、新しい天使を迎えに行く試練を共にした星の子であった。

前に会った時よりも、何だか口調が明るい。

『その名で呼ぶのはやめてもらおうか』

見習い天使から格上となった身の上であるが、まだ名前を名乗る身分ではない。

ましてや、この星の子は、自分を見た目のままに呼ぶ。

他の天使たちより、自分の目がつりあがりぎみなのは承知の上だ。

優しい面立ちの天使たちの中で、自分の顔つきがどれだけ異彩を放っているかもわかっている。

『ああ、ごめんね。君はすっかり大きくなっちゃったけど、やっぱりその名前で呼んでみたくって…』

『変わっているな、お前は。話はそれだけか?』

窓を閉めようとする上官の天使に、星の子はあわてる。

『あああ、待ってよ、ツリ目ちゃん。さっき、あの子に会ったよ』

上官の天使は力を加えようとしていた手を止めた。

『あの子?』

『あの子だよ、あんなに大きくなってるなんて、ボクびっくりしちゃったよ』

それでもよくわからない上官の天使に、星の子は顔をくしゃりと歪めて笑った。

上官の天使は、星の子がそんな風に笑うのをはじめて目にして、驚きに唇を少し開いて見つめた。

『君がさっき、デコピンしていた子。ボクたちが迎えに行った子なんだもの』

『ああ…』

星の子は、先ほどある見習い天使をしかっていたのを見ていたらしい。

他の上官の天使に遠巻きに小言を広められるくらいなら、自分が悪役を買う方がいいと思ってのことだ。

誕生と共に大きな力を発動してしまったゆえなのか、どうも当たり前のことがこなせないのである。

『大きくなっても、あの額の広さ…』

何やら思い出したのか、星の子は愉快そうに、角ばった星型の頭を揺すった。

『天使の成長は、人のそれとは違うからな』

『うん、わかってるけど。それに、君も位をもらってずいぶん姿が変わったし』

『うん…?』

上官の天使の顔をじっと見つめて、星の子は淋しいそうな陰を落とした。

『自分だけ変わらずいるのって、悲しいよね』

『…お前も、ずいぶんと今日は明るいみたいだが?』

『…ボクは変われるかな…?君たちみたいに』

『変われる…。私はそう思っている』

だからこそ、試練を受ける。

雲のトンネルを通る前と、そして戻ってきた後に、誰かしら変化がある。

見た目の変化が著しい天使たちより、本当は星の子の方が変わっているように上官の天使は思う。

『早く次の任務が来ないかな』

翳りを散らすように、星の子は微笑んだ。

『ねぇ、ツリ目ちゃん。ここって「鏡の間」でしょ?』

『ああ。今の私は、この鏡を覗く資格があるからな』

『…オデコちゃんのお母さんがどうなってるかも、覗いてみたの?』

『……』

不意に訊かれたことに、上官の天使は目線を背けた。

『ああ、ごめん。もしかして言えないことだった?でも、ずっと気になってたんだ…だって、あの時』

『今は』

星の子の話を遮るように、上官の天使は話し出した。

『今は元気にしている』

『ほんと?』

『ああ…』

ホッと安堵したため息を星の子は漏らした。

『よかった。ボクはてっきり』

『星の子』

『え?何?ツリ目ちゃん』

『見ろ。空に信号星が上がった。遅れるぞ』

星の子は背後の空にチカチカと上がっている一番星を見つめた。

『あっと、ほんとだ。じゃ、ツリ目ちゃん、また今度ね』

『次はその名は禁止だ』

『ええーっ!だって、君とボクの仲じゃないか』

星の子を見上げる上官の天使の驚く顔つきに、星の子は恥ずかしそうに笑う。

『だってさ、ボク、友達をあだ名で呼んでみたかったんだ』

『友達?』

星の子は、はにかむように笑いながら、キラキラした光の線を引いて飛んでいった。


星の子…。

私はいつも、お前に一線を引いていた。

お前だけではない、この館に暮す誰にでもだ。

自分が置かれる位にふさわしくあろうと。


だが、星の子、お前はいつも位も何もない素の自分に話しかけてくる。
友達と言った、その言葉がこの心にあるものなのかよくわからない。


けれど、星の子。

お前が運命の扉をくぐっていったと聞いて、私は…やはり淋しいよ。

この夜が明けるまでに、任務を無事に終えた暁には、決まっていた別れであったというのに。

星の子…、お前の願いは叶ったのだろうか…。

そして私達が運んできたあの見習い天使は、今どうしているのだろう…。




上官の天使は、窓から覗く傾き白く光る月を、翳った眼差しで見つめた。
 

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