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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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「お~い、どこまで行くんじゃ~?」

途中で振り払われたために、先を行く見習い天使を疲れた顔でコウモリは見つめて言う。

「結構、街から離れたじょ」

街灯りが遠のき、家も少ない場所になったため、空の暗さがよくわかる。

曲がりくねっている道路に街灯の明かりもまばらで、道の傍に建っている家々の明かりも深夜のために絶えていた。

辺りは静かで、初秋の穏やかな虫の合唱があちこちから聞こえてくる。

「どうじゃ、天使の国への入り口は見えそうか?」

「ん~…」

足をとめた見習い天使は空を仰ぐ。

星の子の話だと、青い星がその目印となっているらしい。

雲のトンネルをくぐり抜けてきた時は、前に広がる地上の明かりに目を奪われていて、トンネルを振り返ることもしなかったのだ。

白い雲が斑に散って浮かんでいる夜空を、見習い天使は目を凝らして見据える。

「ん~…」

天空には大きな月が懸かっている。

ずいぶんと傾いてはきてるが、その月明かりに星の輝きがすっかり薄れていて、どこにその青い星があるのかまったくわからない。

「…どうしよう…」

「目で見える目印なのか?」

頭の後ろの方からの悪魔の声に、見習い天使は振り返る。

「わからない…。星の子は青い星が目印だって、心を澄ませて探せって言ってたけど…」

「目に見えるものだけがすべてじゃない」

「でも、どうやったら…」

見習い天使は途方に暮れた。

「ね、あなたたちはどうやって悪魔の国に帰るの?」

「そんなの簡単じゃよ。扉を思い出すだけじゃ」

「扉?」

見習い天使は、パタパタと頭の周りを飛ぶコウモリを目で追う。

「あの重厚で口やかましい門番の腹黒い中身を表わしてるような真っ黒い鉄の扉を思い描くんじゃ」

「え~と…門番?」

「これがまたいやらしいヤツなんじゃ!せっかくワシらが集めてきたもんの一割奪いよるんじゃ!厚かましいじゃろ!」

何やら不快なことを思い出したらしいコウモリは、鼻息荒くたたみかけるように見習い天使に言った。

「予定時間をちいっとばかり越えただけで、それが二割に増えるんじゃよ!腹だたしいじゃろ!」

「や、ジイ、そんなのデコに言っても通じないから」

「通じんとは、どういうことじゃ!こんなにわかりやすく言ってるじゃろが!」

「うるさい」

「ふごっ!」

指でビシッとはじかれて、コウモリは道路脇の茂みに飛んでいった。

茂みには川が流れていて、ジャボンと水音があがる。

「ああっ!」

「や、平気だから」

「ええっ!?」

見事な弾き技に、見習い天使は、いつも自分が上官の天使さまにされているデコピンを思い出し、額がうずいた。

コウモリが気の毒でならない。

「痛そう…」

コウモリが戻ってくるのを待っていると、明かりが目に射しこみ、見習い天使は振り返った。

街の方から、二つの灯りをつけた車がゆっくりと坂になっているこの道を登ってくる。

そして一行の姿の見えないその車は、止まることもなく通り過ぎていった。

辺りはまた静けさを取り戻し、虫の繊細な鳴き声が響き出した。

「ねぇ、ジイさん、流れちゃったんじゃないの?」

「ジイさんって呼んじゃだめじゃ!」

「わあっ!」

突如現れたコウモリは、水しぶきを飛ばしながら、見習い天使のやわらかい髪の上に止まった。

「や~ん…」

額からポタポタと水が滴ってきて実に不快である。

「ジジイ臭いから、さんをつけるんじゃないじょ」

「は~い…」

もう泣きたくなるくらいよくわからない人たちで、見習い天使はため息混じりに返事をした。

そうしている間にも、また高らかにエンジンの音がして、また車が登ってくる。

「ん?どこ行くんじゃ?」

「うん、何か集中出来ないから、この奥に行ってみる」

小さな川にかかっている橋の向こうには、古びたレンガの門構えがあり、蔦が絡んでいるが、とても整備されている場所のようであった。

街灯の明かりに照らし出されて、門の向こうに花が茂っているのが浮かび上がって見える。

「公園みたいじゃな」

「公園?」

「お前さんみたいなチビっこが遊んだりするところじゃ」

「じゃあ、集中するのにいい場所だよね」

見習い天使は、小さな天使を抱え直すと、街灯の明かりに浮かぶ小さく古びた橋を渡り、レンガのアーチをくぐっていった。

蔦が絡んで見えなくなっている表札には「セメタリー」と書かれていたが、誰も気づくことなく通っていった。



門を越えて進んでいくと、月の白い明かりが差し込んでいて、とても幻想的な庭園が目の前に広がった。

「うわ…綺麗…」

柵にはバラが絡まるように伸びていて、今を盛りに咲いていた。

ほのかに街ではしなかった清々しい香りが漂っている。

広場の中心には、白い女の人の像があった。

布を被り、少しうつむき加減のその顔は微笑みをたたえている。

どこか上層の天使さまの顔に似ている。

周りの雰囲気に酔いしれていた見習い天使は使命を思い出し、気を引き締めると空を仰いだ。

「お願い…、どうかトンネルの入り口を教えて…」

祈るように空を見渡した。

月明かりに薄れる星々を見渡す。

そして心を澄ませる。

辺りから聞こえてくる虫の声も遠ざかっていく。

近くに立っている悪魔とコウモリの姿も離れていく。

視界がぐんと伸びる。

月を囲む夜空に、近づいていくような心持ちになっていく。

天使の館で待っているであろう上官の天使さまの面影を追う。

白い雲を越えて、心だけが飛んでいく。

目の前に青い星が瞬いた。

青いランタンを持っている星の子の姿が。

「…星…の子…っ!」

もう懐かしくてしょうがない星の子の姿に、見習い天使は集中を欠いた。

一気に体に心が引き戻される。

めまいに襲われ、息が詰まって、思わず膝をついた。

悪魔がそれ以上に倒れないようにと腕を支えてくれた。

「う…」

むせ込む見習い天使に、コウモリが心配そうに覗きこむ。

「大丈夫か?急に咳き込んでビックリしたじょ」

「うん…、でも、見えた…入り口が…」

あのランタンを持っている星の子は、違う子なのだろう。

悪魔とコウモリから見えないように、浮かんだ涙を手の甲で拭った。

「見つけたんじゃな!」

「うん」

コクリとうなづいた見習い天使の上空で、強い風が渦巻いた。

冷たい空気が沁みこんでくる。

ぞくりとした殺気を感じて、三人は一斉に空を見上げる。

月光が陰った。

三人を照らす月の光の中に、あの四角いシルエットがあった。

「死人形!」

体から翼がはみ出している。

天使のものであるはずの翼が。

逆光に黒くなっている体に、くりぬいただけの二つの目が怪しく光っていた。

 

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