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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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「むっぐ…!」

見習い天使は悪魔を押しやろうと必死に片手で押す。

小さな天使を抱えているため両手が使えないのだ。

けれど、両肩をしっかり掴まれていてちっともびくともしない。

そうされている間に、足元の炎の模様は音もなく燃え尽きるようにして消えていった。

もがいている様子が面白いのか、悪魔の重ねている唇が笑むように少し動いて、それから離れていった。

「なっ、なにすんのよ!」

「ああ、契約の印をつけただけだって」

クスクスと楽しそうな顔で悪魔は答える。

「別に口じゃなくってもいいんじゃけどな」

結界の中でパタパタと羽ばたいて、コウモリは呆れた声でつぶやいた。

「えっ!?」

「ま、いいじゃないか、へるもんじゃないんだし」

何となく解せない顔つきで、見習い天使は悪魔を睨んだ。

睨まれて、悪魔はかえって目を細めて、口元にチラリととがった歯を見せて微笑んだ。

「さて、契約の儀式を終えたことだし、そろそろ移動しようか」

「移動?」

「天使の館に向かいたいんだろう?」

「あ、うん、そうなんだけど…」

「…だけど…?」

「だけどって、何かあるんか?」

二人の視線に、見習い天使は目を泳がせた。

星の子の反応もあって、至極言いにくい気がする。

「もしや…、アンタ、天使の館が何処かわからないんじゃ…?」

「バーカ、ジイ。いくらなんでも、そんなはず…」

見習い天使は、えへへと力なく笑い声を上げた。

「笑ってる場合かっ!」

「はうっ!!」

悪魔に脳天チョップをくらわされ、見習い天使は天使の輪のなくなった頭を片手で癒すようにさすった。

「痛いよう~。もう、何で叩くの~?」

見習い天使が頭をさすっている間に、コウモリは羽音を立てずに、悪魔の肩に止まり耳打ちした。

「坊、この後、どうするんじゃ? 計画通り、天使の輪は手に入ったし、撒くんなら簡単そうじゃよ」

「……」

「坊、聞こえてるじゃろ?どうするんじゃ?」

「…まだ、夜明けまで時間はある。もう少し付き合ってやってもいいんじゃないか?」

「坊…!もらうものもらったら、トンズラするって話しじゃろ? もう少ししたら必ず死神はやってくるはずじゃ」

「だから何?」

「冥府のものとのいざこざは、アンタにはマイナス要素になるじゃろ。アンタの魔力じゃ到底…」

悪魔の底光りする眼差しが自分を見据えていることに気づいて、コウモリは思わず息を飲んで黙った。

「オレの魔力は死神より劣るっていいたいわけ…?」

「い、いや、今、やっかい事を起こしたら、アンタの出世にケチがつくじょ、ワシはそれが心配なんじゃ」

「…ふうん。何か、言いかけたことと、ずいぶん内容が違う気がするんだけど…」

「と、とにかく、あの死神が若造だからって、力試しなんて気をおこすんじゃないじょ。ワシはお目付けなんだから、口は挟むじょ」

「はいはい」

眼差しの冷たさが幾分か和らいだのを見つけて、コウモリはホッと息を吐いた。

「ったく、坊は気まぐれだから困るじょ…」

コウモリがつぶやいた途端、あ~う~と、小さな天使の声が上がった。

「ん?どしたのおチビちゃん?」

見習い天使が顔を覗くと、小さな天使は目を大きく開けて空を見つめて、もみじのような手を振っていた。

「え、何?」

皆が空を仰ぐ。

ビルの上から白いものが降りてきた。

四角い体から羽がはみ出している。

そう、それは翼の生えた死人形であった。

近づくにつれて形が変わり、体が何倍にも薄く延びて、見習い天使たちがいる結界を覆うように降りてきた。

「ひゃ!」

「アイツ、結界ごと取り込むつもりじゃ。どうする?坊」

結界の天井に貼りついて、間近に見るその体の中心には死人形の文字が広がったなりにくっきりと現れていた。

伸ばされた体の端には無数の白い手があって、結界をくるもうとうごめく。

「ひっ!何じゃこの気持ちの悪い手は…!?」

「死神の人形には1ダースの魂が使われている。その魂の手ってことだろ」

「1ダース?ずいぶん詰め込んでるのう…。ひ~ふ~…でも、22本しかないじょ?」

結界の中を飛んで、コウモリは周りを囲む手を数え、不思議そうに首を傾げて悪魔を振り返った。

「…多分、魂の一体は器として使われているんだろうな」

「死神が…言ってたの。小さな天使の魂は、お人形さんの器に丁度いいって…」

「ふうん。じゃ、この翼の生えたのは、天使の魂を使って作ったヤツなんだな」

「でも、おチビちゃんの羽にしては大きすぎると思わない?」

「大きすぎる?」

見習い天使の話に、悪魔はもう一度死人形を見上げた。

かといって、今ではもう体が変形してしまっていて、羽など見えはしなかった。

「死神が工作したんじゃないじゃろか?」

「工作?」

「本質をもとに形を変える。ま、どんな技を作ったか知らないけど…」

ミシリ…。

結界にかぶさり、隅々まで伸びた死人形の体のせいで、加えられた圧力に中の空間が軋んだ。

「坊…!このままじゃと結界が壊れる!」

皆の不安な顔つきに、悪魔は唇を歪ませて笑った。

「…こんな操り人形など、消し去ってくれる…!」

鋭利に尖った爪の並ぶ右の手を悪魔は掲げる。

「結界ごと吹き飛べ」

「待って!!」

見習い天使は羽ばたいて、悪魔が見上げる死人形の間に飛び込んだ。

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