モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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相変わらずの痛々しさで綴ってます^^;
心病んでるなあと思うのですが、ラストスパート息切れしてますが、何とか完結までこぎつけたいものです。
ということで小説は続きに。
前回の話、もしくは最初から読んであげましょう!という勇者な方は こちら へどうぞですv
厚い雲の中をもう一度くぐって、見習い天使は天使の国への入り口を目指して飛び続けた。
体が重い。
小さな天使を抱えている腕が抜けそうなほどに重い。
追われている焦燥感に、ただひたすら翼を羽ばたかせるばかりだ。
果てしなく続くとと思われた雲の中を、ようやく突き抜けた。
まだ夜の名残りを残す空と、揺ら揺らしている青い光が真上にあった。
入り口を示す、星の子が掲げる青いランタンの光である。
そこをくぐれば、この任務が終る。
あともう少しだ。
見習い天使は、汗に汚れた顔を食いしばるように気力を振り絞って、青い光目指して舞いあがっていった。
青い光の光源は、近づくにつれてそれがランタンだとハッキリと見えてきた。
地上から心で見たのとまったく同じに、館へと続く雲のトンネルを前に、青い光のランタンを星の子が華奢な腕で掲げていた。
「星の子…」
やっと、やっとここまでたどり着いた。
見習い天使は、こみ上げてきた想いに胸がいっぱいになって涙ぐんだ。
自分の失敗がなければ、星の子と二人でここまで戻ったはずなのだ。
まったく同じ姿かたちのランタンの子に、心が揺れた。
任務が無事完了したことを、喜び合えたはずなのだ。
けれどもう星の子は失われた。
ここへ戻れたのは自分と小さな天使だけだった。
悔しさと安堵の混じった複雑な感情に涙していると、ふと青い光が動くのがたまった涙の向こうに見えた。
あわてて涙を拭って、まばたきしながらよく見てみると、青いランタンの星の子が顔色を変えて雲のトンネルに入っていくのが見えた。
「えっ?あっ、待って!」
まだ星の子に声もかけてないというのに。
朝を迎えるため、交代に行ったのだろうか。
「待って!待って!」
見習い天使は、力の尽きた体で雲のトンネルへと飛んだ。
「はあっ!!」
ガシャーン。
まるで侵入者を防ぐように、白い門扉が物々しい音を立てて先を行く星の子の間を隔てた。
「待って、星の子!任務から帰って来たの!時間がないの!お願い、ここを通してえっ!!」
頑丈でビクともしない冷たい柵を片手で掴み、透かし模様の間から顔を押し込むようにして、見習い天使は叫び声を上げた。
暗いトンネルの向こうに、青い光が揺ら揺らと動いている。
まだ遠くには行ってない。
「星の子っ、戻ってきてーーーっ!!あうっ!!」
後ろから急に頭を押されて、見習い天使は額が柵にめり込んだ痛みに呻いた。
「…よくもやってくれたな…」
ヒヤリと冷たい空気に、この殺気のこもる声…。
見習い天使は振り返ることもできない状況に、ただ息を飲んだ。
「…危うくこの顔を直す機会を失うところだ…」
ぞぞと背筋が凍りそうな、怒りを底に漂わせた声音であった。
頭の後ろを、死神に痛いくらい手で掴まれている。
伸びた爪が、柔らかい見習い天使の頭に食い込んでいた。
押されて柵に顔がはまっていて身動きができない。
せっかく出来たチャンスを、また生かせなかった。
天使の国を目前にして、悔しさに歯噛みした。
刻々と夜明けのタイムリミットが近づいているというのに。
この柵さえ越えれば、天使の国だというのに。
逃げこもうとしていた場所には、門扉が降りてしまって、もう逃げ場もなければ時間もない。
「…残念だったな。これが運命というものだ。リストに載った以上、見逃すわけにはいかないんだよ」
「う…くっ、星の子っ!星の子ーーーっ!!」
「くくく…、無駄だ。心の弱い星の子が戻ってくると思うのか?」
「うっ、そ、そんなことない。あなたを前に、星の子は逃げなかった!!」
突然の死神の襲来に、自分たちを救おうと、星の子は身を挺して守ってくれたのだ。
「うあっ!」
ガシャン。
掴む指の力が増して、一度引き上げると、また柵に押し込まれた。
足で踏ん張っていたものの、柵にぶつかって小さな天使の泣き声が柵の音と同時に上がった。
「ああ…!忌々しいことにな…!」
また怒らせてしまったようだ。
だが、星の子が悪く言われるのを黙っては聞いていられないのだ。
痛む体に顔を歪めながら、見習い天使は救いを求めるように、暗いトンネルの先を見つめた。
青いランタンが揺ら揺ら迷うように動いていた。
星の子は近くにいる。
せめてこの小さな天使を受け取ってくれたら。
「星の子ーー!お願い、チビちゃんを、この小さな天使を受け取って!時間がないの!お願い!お願いよーっ!!」
「くっくっく。星の子は来ない。与えられた人生へのちょっとした障害を乗り越えられない弱き者どもだ。わざわざ怖い目に遭いに来るとでも?」
雲のトンネルに死神のあざわらうような声が響いた途端、うかがうように寄って来ていた光は遠のいていった。
「星の子ぉ!お願い!チビちゃんを助けて…!受け取って!」
「こんな近くに居ても助けが来ないとは…!神の御使いのなんと無情なことよ…!これもまた運命…と言うことか」
「まだ、まだわかんないよっ!!」
ガンガンとありったけの力で見習い天使は門扉を叩いた。
無機質な音が響くばかりだ。
何度も打っている手が痛かった。
でも今出来る何かをしなくては。
何もしないで、これが運命なのだと諦めるなんてできない。
ここで諦めたら、今までのことがすべて無駄になる。
星の子が体を張って守ってくれたことも。
悪魔とコウモリに助けてもらったことも。
この小さな天使の母の悲しみも。流した涙も。
ありえたかもしれない未来も、すべてが…。
一緒にいるべき二人を裂いて、ここまで連れてきたのだ。
絶対守ると誓ったのに、ここまできて。
「誰かっ!誰かーーっ!はっ!」
不意に頭を掴む手が外れて、突如目の下を死神の指が拭っていった。
知らず泣いていたらしい。
「ふっ、はは…!やっと…!はっ」
抑え切れない感情に満ちた笑い声が背後で上がった。
柵の枠から顔を外して、見習い天使は後ろを見つめて目を見開いた。
「傷が…」
「直った。直ったぞ。実に素晴らしい能力だ!」
あれほど痛ましく顔を醜く引き攣らせていた火傷が、はじめからなかったもののように消え去っていた。
もう片方の目にたまっていた虹色の涙の雫が、ポロリと真下に抱いている小さな天使の頭に落ちて、虹の光を散らして消えた。
「ははは…、素晴らしい。もう痛みもない」
死神は、顔を撫で、まったく傷のない顔を確認すると、凄みのある笑みを浮かべた。
「…さあて、ようやくふりだしに戻った。では、魂をいただこうか」
このままでは狩られる。
見習い天使は自分の顔がはまっていた大きめの柵の隙間に、ぐずっている小さな天使を押し込もうと躍起になった。
「星の子、お願いっ!この子を受け取って!」
死神の目的は小さな天使だ。
夜明け間近となった今、自分の手から離れても大丈夫なはず。
任務のはじめに、館に帰るころには魂がこの姿に定着すると、星の子が言っていた。
「ううあ、あうあうあ~~っ!」
小さな天使は、乱暴をされて手足をばたつかせた。
頭は通りそうなのだが、天使の輪が邪魔して通らない。
「くく…、必死だな。お前のその能力をもう発揮できないのは残念だな。ん?待てよ、お人形さんにしてから研究すればいいか…。ふっ、楽しみだな」
「いや…!そんなの嫌っ!」
見習い天使は羽を広げれるだけ広げて、大きく何度も羽ばたいた。
翼から何枚もの羽根がちぎれて死神の前に舞った。
「はっ、はっ、はっくしょん!やめなさい!せっかくの翼が劣化してしまう!それに私は埃が苦手…っっくしょん」
綺麗な顔を歪めて、死神は話半ばでくしゃみを連発した。
上着をまさぐり、先ほどのものとは違う模様のハンカチを取り出すと、鼻をかみ出した。
今がチャンスと、見習い天使は他に何か助かる術はないか、入れる隙間はないか、四方をくまなく大きな眼で見つめた。
よく見ると、門扉の横の柱に、呼び鈴の鎖が下がっていた。
それを鳴らせば助けがくる。
シャッ。
背後で鋭い何かを引き抜く音が聞こえて、見習い天使は柵にへばりついたまま振り返った。
「余計な抵抗をするなよ。痛みを感じないようにしてあげるから…」
死神が鎌の柄の下の部分を外して構えていた。
それは見たことのある形をしていた。
風に消えていったあの死人形の魂たちに打ち込まれていた杭である。
「さあ…、すべてはお前が招いたことだ…!」
「あああああ!!」
しかと掴まれた杭は勢いをつけて、自分と、胸に抱きかかえている小さな天使を狙って向かってきた。
もう駄目だ…。
あの死人形にされてしまう。
自我を奪われ、自由を奪われ、命ずるままに動かされる人形に。
「いやーーーーーっ!!」
最後の気力を振り絞って、翼をはばたかせた。
大きく動く翼から羽根が飛び散り、背後で死神の咳き込む音を聞きつけると、見習い天使は呼び鈴を目指した。
「くっ、いい加減に諦めろ!ちいっ!ええい」
どっ
鋭い痛みを翼に感じて、押されるまま門扉に体を打ちつけられた。
「はぁうあっ…!」
焼けるような痛みが翼と胸に広がって、動かせなくなった。
「暴れるから、手元が狂ったじゃないか…!」
「ああっ!ぐっ」
片翼から胸へと刺した杭を見つめ、死神は弱った見習い天使を哀れむような目で見下ろした。
尖った杭で突き刺したために、白い翼が赤い血で汚れはじめた。
前の人形と同じく、綺麗に整った翼を求めていた死神には、不本意な一撃となってしまった。
「ふえあ…」
ポタポタと杭に沿って落ちる血の雫に、小さな天使の顔が歪んだ。
駄目だ、この体では、もう天使の国に入るのは無理だ。
力はもう尽きた。
流れ出る血に、力も一緒に流れ出ていくようだ。
この騒ぎに助けがこないのは、もう任務として遅かったからなのかもしれない。
館に入れない以上、夜明けを迎えれば…。
見習い天使は涙をためて、すぐそばにある小さな顔を見つめた。
水色の綺麗な瞳が、自分を頼って見上げている。
小さな天使のその瞳は、母親のものとまったく同じ瞳だ。
受け継がれた瞳を、生まれなかった両親の愛を残してあげたかった。
でも、自分というものがない死人形として残されるくらいなら…。
「…ごめんね…」
ためた涙を頬に滑らせた。
見習い天使は、残る力を振り絞るように小さな天使の体をぎゅっと抱きしめ、体の温かさと柔らかさを感じ入ると、意を決して門扉の柵にかけていた足を外した。
力の抜けた体は、一気に空を落ちていった。
あれほど目指した天使の国への扉は、涙に滲む視界にすぐにわからなくなった。
「ぬう…!」
まさかの飛び降りに、死神は唸った。
だが自分の物である杭を媒介に追えばすぐに捕まえれるのだ。
口元に冷笑を浮かべると、死神は鎌を持ち直した。
「…!」
死神は体をビクリと揺らすと、上着のポケットからあわてて手帳を出して広げた。
書かれていた小さな天使の生前の名前が、死神が見つめる中、掠れて手帳の紙の中に消えていくようになくなった。
「リストから消えた…。時間切れということか…」
落ちていった天使たちの姿はもう見当たらなかった。
「風に消え去るのみ…ということか…」
散々抵抗され、大切な人形を失った死神は、神の気まぐれに苦々しく顔を歪めると、破けたマントを翻して姿を消した。