モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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悪魔の真下で切られた手を引っぱっていた死者たちは、悪魔が放った炎に飲まれ、無言で白い骨の体でもがいた。
炎の中で、骸骨が歯の並んだ顎を開け閉めしている。
「落ち着くんだ、お前たち。その炎でお前たちは燃えたりしない」
トントンと地面をたたく鎌の柄の音と、死神の声に、もがいていた死者たちはハッとした様子で動きを止めた。
途端に炎は消失した。
「ふうん…」
先ほどから立っていた墓碑の上に舞い降りると、悪魔は面白くなさそうに口を歪めて肩をすくめ、早口で何かを唱えた。
「じゃあ、君にも試してもらおうか」
悪魔は拳を振り上げ、そして死神に向けて振るようにして炎を放った。
両拳から流れるように飛び出し、一つになって膨らんだ炎の塊が、死神を襲う。
「むう…!」
死神は鎌で炎を切り捨てたが、炎は勢いを弱めずに死神を覆った。
「はぁう…!あっつ、あっつ…!」
「よ~く燃えてるみたいだなぁ…」
悪魔は不敵に笑い、死神は炎の中で身悶えする。
オレンジ色に燃える炎の中で、ようやく意識を集中して、死神は炎を消し去った。
鎌の柄に体重をかけ、荒く呼吸を繰り返す死神に、悪魔が小ばかにしたように微笑む。
「やっぱり効かないみたいだね」
悪魔が放つ炎は、体ではなく精神に効く。
恐怖に飲まれれば、体はダメージを受けるのだ。
攻撃にどうみてもダメージを受けた死神を、悪魔はせせら笑った。
「ちい…!生意気な口ばかり聞いていると、小僧、予定している倍は痛い目に合わせるぞ」
「予定している倍?君が?」
「その口の聞き方、気に入らないね、小僧…!」
「ふん、体が小さいからといって、上からな言い方もどうだと思うけど?年若い死神さん」
「黙れ!」
「やだね」
死神は薄い唇を歪めると、長い鎌の柄を伸ばして突いてきた。
悪魔はヒラリと空に舞う。
鴉のように黒い翼がしなやかに風をおこす。
「無理だって」
呆れたように、悪魔がつぶやいたときだ。
死神がマントの裾を翻しながら、今まで悪魔が立っていた墓碑を踏み台にして高く飛んできたのだ。
大きく振りかぶった鎌を悪魔に向けて振りさげる。
羽のある余裕で、悪魔はさらに高度を上げた。
「ジ・エンド」
「は?」
気づいた時にはすでに遅かった。
まるで鳥籠のように、墓地を囲って立っていた死人形たちがあるだけの腕を細く長く伸ばしていたのだ。
無数の腕に悪魔は捕らえられ、地面に落とされ真下にあった墓碑を砕いて押さえつけられた。
「ぬあ…っ」
落とされた痛みもすざましかったが、白い手に触れている体がまるで凍りついてしまいそうだ。
囲まれているために、悪魔が吐く息さえ、その冷気に白くなるほどである。
「ふっふ。どうだい?私のお人形さんの手触りは…?」
月を背後に従えて、死人形の間から覗き込む死神の顔はひどく満足そうに歪み、唇には冷笑をたたえていた。
「私をみくびるから、こういう目に合うんだよ。さあ、私の可愛いお人形さんたち、夜食をあげようね」
「うあ…!」
周りを囲む死人形の目と口が黄色く点滅をはじめた。
「悪魔のエネルギーは、さぞかし美味しいだろうねぇ」
急激に体の力が抜けていく。
代わりに冷たいものが体に沁み込んでくる。
悪魔の凛としていた眼差しが、次第に弱まりかろうじて薄目をあけるので精一杯となっていった。
(まずいな…。力が抜ける…)
めったにかいたことのない冷や汗が首筋を流れるのを感じた。
「…う…」
瞼が重くて、今にも意識を失いそうで、それでも悪魔は体をよじり続けた。
動きを止めたらそれきりになってしまう。
苦悶の表情でもがく様を、しばし愉快そうに見つめていた死神は、数体の死人形を退け、悪魔のまん前に立った。
虚ろな瞳をしてあえいでいる悪魔の顔を、屈むと片手で掴んで正面に据えた。
「小僧…、これに懲りて、もう手を出してくるなよ」
「…やな…こった…」
息も絶え絶えに、悪魔はかすれた声を出す。
死神は息を漏らして唇を歪めると、悪魔の頬をするどく張った。
打たれた頬は充血してほんのりと色づき、唇の端が切れて赤い血が流れはじめた。
「ほお…。赤い血が流れているのか…。面白い。どこまで人と同じなのか知りたいねぇ」
死神は悪魔に顔を寄せ、唇を染めている血の溜まりをゆっくりと舐めあげた。
「や…めろ」
「ふ~む、ちょっと成分は違うようだな」
「…キモイことすんな、このバカ…!」
死神は、懐から手帳を取り出すと、何やらメモをとり始めた。
「興味深い。なるほどね~…」
ブツブツ言いながら、サラサラと書き取っていく。
手をとめると、また悪魔の前に詰め寄った。
「…何…だよ?」
死神は鎌を死人形のひとりにもたせると、悪魔のマフラーをほどき、ハーフマントの止め具を外した。
中に着ているやわらかな白いシャツの首元を絞めている赤黒いリボンを手馴れた様子でほどいていく。
「何してんだよ…!」
力が出ない上に、白い手で押さえつけられ、悪魔は大した抵抗が出来ない。
悪魔の顔色と同じ、浅黒い皮膚の胸元が月光のもとにさらされる。
「やめ…」
「ちょっと興味あるんだよねぇ。この胸を切り裂いたら、人間と同じく心臓があるのかなって」
「な…?」
悪魔は焦点の合わない目を揺らめかした。
死神は笑みを浮かべ、手帳を出したように、また懐に手を入れた。
そして取り出された小さな小刀が、悪魔の目の前で月光を浴びて煌めいた。