モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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「…で、君はさ、何をしようとしてるんだい?」
あまりに何もおこらなくて、悪魔は半分あきれ返ったように死神に問うた。
このままにらみ合ってるだけでも充分時間が稼げるのであるが、あまりにも退屈すぎた。
「四の五のうるさい小僧だね。その生意気な口を今塞いでやる…!」
神経を逆撫でされたのか、死神はやや乱暴に鎌の柄でトントンと地面を打った。
「起きよ!死の床に臥すものどもよ!」
「………」
反応の無さに、死神の仮面の下に出ている薄い唇が苛立ちに歪む。
「ちっ。墓が古すぎて寝ぼけてるのか。…仕方ない」
背後でユラユラと体を揺らして、階段にきちんと二列に並んで待機している死人形を、死神は振り返る。
「さあ、可愛いお人形さんたち、にぎやかな踊りをみせておくれ」
「は…?」
悪魔が唖然と口を開く中、死神が顎をしゃくるようにして告げると、待ってましたとばかりに、死人形たちが階段をノッテ、ノッテと下りてきて、墓地の周りを囲み出した。
死人形総出で囲むと、皆、きちんと姿勢正しく、場の中心にいる悪魔を見るように並んだ。
『キャーーーーーーー』
闇夜をつんざく奇声が、墓場をぐるりと囲んだ死人形から聞こえ出した。
老若男女、様々な声がいりまじっていて凄まじい。
何かのミュージックを奏でているのか、死人形は四角い体を左右に揺らし、手を叩き、足を踏む。
ゆるくのろい動きから、次第にそれは小刻みにビートを刻んでいく。
皆そろっての動きなために、異様な雰囲気である。
「ああ…、いいよ…、素晴らしい…」
悪魔が立つ墓碑の下で、死神はまた陶酔しきった顔で、頭を揺らしていた。
リズムを足でとっているのか、死神のマントも揺れている。
「さあ、次は華麗なるタップだ。美しく、足並みを揃えるんだ」
手を高く掲げて、死人形へ次なる指示を与える。
『キャーーーーーーー』
まるでトランペットのように一斉に奇声があがる。
声は抑揚をつけて高く、低く、高く、そして、墓地を囲む死人形総出のタップダンスがはじまった。
「…うるせ~~~…」
さすがの悪魔も、このあまりの騒々しさに耳を塞ぎたくなってきた。
まぬけな様相の死人形が、大勢で歌い踊っているだけでも目障りだというのに。
続けざまのステップに、ズン、ズンと立っている墓碑まで振動してくる。
あの重さのない体にしては、たいした運動量である。
「よ~し、そろそろ踊りに参加したくなってきただろう?」
「ならないね」
死神のささやきに、悪魔はきっぱりとうんざりした声で言った。
「はっ。小僧に聞いちゃいないさ」
「?」
死神の仮面の下の口元がほころび、白い歯がこぼれた。
ああ、死神の犬歯は人と同じで長くないんだな、などと悪魔は見つめていた、その時だ。
「ジャック」
右手側にある墓碑を、死神は青白く長い人差し指で指差し、名前を読み上げた。
「踊りたくなったら、挙手だ」
死人形ではなく、死神は小さな墓を指差し、まるで人に話すように話しかけた。
「何を…?」
死神は悪魔のつぶやきを無視して、何かの声を聞き取ってるのかゆっくりとうなずく。
「もちろん、他にもお前たちすべてを招待するよ。ああ…、ローズマリー、お前の墓碑のデザインは最高に素敵だ」
死神は、今度は左側にある薔薇に囲まれた白い墓碑を見つめて言った。
その白い墓石には、他の墓石にはない美しい花の絵が彫りこんである。
「さあ…!今宵は満月。美しい月のもと、私のために踊っておくれ…!」
死神が、鎌を高く掲げる。
月の光をうけて、それは冷たく反射する。
『キャーーーーーーー』
死人形の奇声がさらに盛り上がるように音量が上がる。
繰り返しタップが打たれ、地面が振動する。
最高潮にその音量が上がった時である。
ボゴッ。
ボゴッ。
「っ!?」
周りにある墓碑の前が盛り上がり、白い骨の手が黒い土の中から突き出てきた。
「おお、いい子ばかりだ。寝てばっかりだと、退屈してただろう?今宵は軽やかに踊らせてあげよう」
墓下に永の眠りについていたはずの人々が土を押し上げ、すでに朽ちた体で起き上がってきた。
肉はすでに風化して無く、白い骨の頭には、かつて生きていた名残の毛髪をぶら下げている。
「…こんなことが君にできるとは…」
悪魔の驚きに満ちた声音に、死神は満足しきった顔で見上げた。
「ふっ、手に入る魂は限定だが、この世に置き去りになる体は我ら冥府人の支配下だ」
「さあ、準備は整った。くっくっ、」
騒がしい一団に囲まれ、悪魔は眉間にシワを浮かべて息を飲んだ。
「……アホか、コイツら…」
緊迫の数秒後、悪魔は吐き捨てるようにつぶやく。
一向に攻撃してこないのである。
まるで強張った体をほぐすように、墓場から這い出てきた骨たちは、体を揺すり、死人形が奏でている音に身を揺らすばかりであった。
騒々しいダンス会場に、場違いで呼ばれた者のように、悪魔はげんなりした顔で肩をすくめた。
「さあて、小僧。お前にも、そろそろ一緒に踊ってもらおうか」
「や、遠慮しておく」
眉をひそめ、悪魔はさも嫌そうに断りを入れた。
「ふん。遠慮は無用だよ…。何しろ小僧、お前は主賓だからねぇ」
ブン。
死神は、そう言うなり鎌を真横に振ってきた。
足を払うように飛んできた鎌を、悪魔はふわりと飛んでかわす。
「何だよ、主賓と言いながら、随分なやりようだね」
更に戻るように振ってきた鎌を、悪魔は屈んでしのぐ。
「お前が退屈そうにしているから、楽しませてあげようとしてるだけだ」
「どうだか…。はっ!?」
次なる鎌の攻撃を、ジャンプしようとした悪魔は、サイドから伸びてきた骨たちに足首を掴まれた。
「くっく、これは避けれるかな」
「ちいっ」
悪魔は胸の前で腕を勢いつけてクロスさせ、両手の鋭く伸びた爪先をさらに伸ばし、円を描くように、空気を切るように腕を振った。
足首を掴んでいた腕が、真っ二つに切れて、足首を掴む手から離れていった。
そして、黒い翼を背中に出して、死神が繰り出す鎌を飛んで避けた。
「ああ~…、腕を切り落とすなんて、ひどいヤツだな、お前は」
「ひどいヤツで結構」
悪魔は羽ばたきながら、足首についたままとなっている指を離そうとする。
だがそれは、しっかとブーツの靴に食い込んでしまっていてとれない。
「…これ外せよ、キモイから」
ただの骨だけでなく、生前からしてると思われる金の指輪が指に不気味に光っていて、気味が悪かった。
「キモイだなんて、死者を冒涜してるねぇ、許せないよねえ…、生きているものにしか興味の無い悪魔は…!」
「ふっ!?」
死神が話し終えた途端、腕を落とされた骸骨の空虚に陥没している目がピカリと光った。
足首に巻いている手が急にその骸骨たちに向かって引っぱられていく。
悪魔は力強く羽ばたく。
だが、両足を引く力は物凄いものであった。
徐々に地面へと引き寄せられていく。
「ぅっく…!」
悪魔の顔が痛みに歪む。
「ぬぅ…!」
悪魔は小声で何か早口でつぶやいた。
握った両拳を振り下げた時、灼熱の炎が下で待ち構える死者たちを襲った。