モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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「それで、どうするの?」
「えっ?」
『死人形』が徘徊して歩くのを、蓋を少しだけ開けてこっそりと覗いていた見習い天使は、悪魔にそう声をかけられてビクリと体を揺らした。
「何か打開策は見つかったのかな?ま、そうは見えないけど」
「一気に空に飛び上がっても、ワシみたいに追っかけられるじょ。あの翼の生えたのはちょいと毛色が違うわい」
「あ、ああ、あの」
「何?」
キラリと金色の瞳が光る。
見習い天使は顔を向けたものの目を合わせないように目線をずらす。
「あれ?何でオレを見てくんないわけ?」
「だ、だって、何か魔力をつかうでしょ?」
「そりゃ~、隙あらば使いたいけど? でも、もう、さっき使ってるし、今さらね。オレと契約したくなった?」
魔力を使わないことに安堵して、ようやく見習い天使は悪魔を見つめた。
「ううん、どうして『死人形』に翼が生えてるのかなって?白い翼を持つのは天使だけだよね」
「一度天使になった魂を手に入れたからだろ。色々と自分の道具の開発がお好きらしいぜ、死神は」
「ワシ的には、もっとおしゃれな見た目にしたらいいと思うんじゃが」
「確かに、間の抜けた容姿だな…」
ノッテ、ノッテと徘徊する『死人形』を三人は見つめた。
まぬけな姿に気を許してしまいそうになるが、やはり死神の道具だけあって、それ自体が仕掛けになっているのだ。
油断したところを捕らえられてしまう。
先ほど伸びてきた複数の白い手を思い出し、見習い天使はブルっと震えた。
「あのね、契約って何が必要なの?」
「キミが持っているものであれば何でもいいけど?」
見習い天使は、持ってるものを考えた。
身につけている服以外に何も持ち物などない。
「えっと、服をあげちゃったら、私、困るんだけど…」
本当に困っている見習い天使の顔に、悪魔とコウモリは思わず笑みを漏らした。
「目でも髪でもいいし、天使の輪でもいい。困るだろうから勧めないけど羽でもいいけど?」
「たぶん、駄目じゃ言うだろうけど、そのちびっこでもいいんじゃぞ」
「だっ、駄目です!」
「あ、う~」
見習い天使は、思わず一緒に顔を出していた小さな天使を隠すように抱きしめた。
「とらないって。まったく信用がないなぁ」
「ってか坊、いきなり信用しろって無茶な話ぞな」
悪魔とコウモリのやり取りを聞きながら、見習い天使は途方に暮れた。
しつこいくらいに『死人形』は辺りを徘徊している。
上空の月を、時折翼の生えた『死人形』がかすめていく。
近づけば、いくら気をつけていても、あの手に囚われてしまうかもしれない。
(…どうしたらいいんだろう…)
見上げる夜空に懸かる黄色い月を、見習い天使は仰いだ。
ビルの隙間から、まあるい月が見下ろしているようだ。
まるで、心配しているように覗いているみたいだ。
月明かりに、上官の天使さまの顔が浮かんできた。
自分よりも少し濃い色の金髪。
その月明かりのように、いつも威厳にあふれて、とまどう自分に行くべき道を示してくれた。
『…お前が思う通りに…迷う時も思うままに決めなさい…』
天使の館から、出発のときにかけてくれた言葉が頭をよぎる。
(…思うままに…)
もう何もかも自分で決めなくてはいけない。
頼りにしていた星の子はもういない。
この小さな天使を守れるのは自分だけなのだ。
見習い天使は抱えている小さな天使を見つめた。
蓋の間から入り込む月明かりに、水色の瞳が宝石のように煌めいていた。
同じ瞳の母親の悲しみ。
そして星の子が身を挺して守ってくれた小さな天使。
(…思うままに…)
非力な自分に出来ること。
見習い天使は目を伏せて考え込んだ。
そして…、
「契約をしてください」
見習い天使は気持ちを決めて、悪魔を見上げて言った。
ゆらぎない決心を秘めた見習い天使の眼差しに、悪魔は唇の端をなめて、そして笑みを浮かべた。
「では希望の通りに。キミは何を差し出してくれるのかな?」
見習い天使は手を頭へとやった。
淡くカールしている金髪の上に輝いている輪をそっと触った。
「この天使の輪を」
「了解」
バサ…。
今まで隠されていた、悪魔の背に黒い羽が大きく広がった。