モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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長い階段を一段一段踏みしめるように登っていく。
この建物を登るのは久しぶりだった。
出来たばかりの時にお父さんに連れられてのぼったことがあった。
途中で疲れて段につまずいたボクは、お父さんに背負ってもらって屋上へと上がったんだ。
屋上からの展望は、あの時見た景色と何ら変わってはいなかった。
レンガ造りの建物がひしめき合い、その中に学校が見える。
ボクはさっきの出来事を思い出して、また心が重たくなった。
自転車を直すだけのお金なんかボクは持っていない。
ましてや、お父さんにそんなこと頼めない。
買ってもらったばかりの自転車を直してなんて言えない…。
二人に哀しい顔をさせて、哀しい思いをさせてまで、わがままなんて言えない。
手に入れた自由は…もう手の中からすり抜けていっちゃったんだ…。
流れていく景色も、
体に受けるあの心地よい風も…、
…もう手に入らないんだ…。
いつも人の顔色ばかりうかがってる情けないボク。
誰かを怒れるほど自分に自信は持ってはいない。
ただ笑って、いつも笑って…。
でも、今日は…もう…笑えないよ…。
「風…」
その時、風が吹きつけた。
あの坂を自転車で下った時に吹きつける風と同じ強さで、
ボクはただ無心に塀の上に登って両手を広げた。
髪の毛をなびかせて、服をはためかせて、風を全身に受ける。
目の前には夕日に赤々と燃える地平線が広がっている。
まるで鳥になった気分だ。
まるで空を飛んでいるみたいだ。
もう一度あの気分を…、自由をボクに与えて…、
ボクは枷をはめられているような右足で一歩を踏んだ。
生まれてからずっとボクを苦しめてきたその足は、その時だけ、軽やかな一歩を踏んだ。
「うあああああああーーーっ!!」
生々しい喪失の瞬間に、星の子は悲鳴を上げる。
「ふん。たった11歳3ヶ月と10日の命だったな。何とあっさりと命を捨てたものだ」
冷酷な死神の声に、星の子は反応せずに真っ青にガタガタと身を震わせるばかり。
死神が出した『魂の記録』は効力を終えて、まるで炎が消えるように姿をかき消した。
そして、向かい合う星の子のシールドはすでにとかれてしまっていた。
「ほっ、星の子ーーっ!!」
星の子の突然の悲鳴に見習い天使が星の子を呼ぶ。
「心の弱き星の子よ、お前にもう用はない」
「っ!」
「星の子っ!!」
死神は鎌の柄で星の子を打ち据えて地面に落とすと、ゆらりとマントをなびかせて見習い天使へと向いた。
「さぁ、天使よ。次はお前の番だ。魂を渡すか、それとも狩られるか」
暗いフードの下で、切れ長の瞳が見習い天使を見据えて怪しく光った。