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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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小さな生まれたての天使からあふれる光の輝きは次第に治まっていった。

長い睫毛を伏せていて、小さい鼻、小さい唇、ふっくらしたほっぺ。

壊れそうなものに思えて、でも反面ギュッと抱きしめてしまいたい思いに、見習い天使はかられた。

「かわいいね~…。すごい小さい…」

「そうだね。こんな小さい天使はオデコちゃんは見たことないもんね」

まるで人の子の赤ちゃんと同じ姿なのだ。

違うのは天使の輪をいただき、背に羽を生やしているくらいなものだ。

二人が見とれている間に、少しずつ小さな天使の浮力が失われてきて、ふわふわと沈んでいく。

見習い天使はあわてて自分の胸元に抱き寄せた。

「うわ~ん、かわいい~。何でこんなにかわいいの~?」

頬を摺り寄せたい衝動にかられながら、興奮しきった様子で星の子を見やって言った。

「ん!?」

途端、ズシリと重みが増した。

見ると小さな天使は一回り大きくなっている。

「えっ!?おお、おっきくなったよ!星の子!」

「オデコちゃん、君だってすぐ大きくなったじゃないか」

「ええっ!?」

「人とは構成が違うんだもん、成長だって違うんだよ」

「へぇ~…」

見習い天使は頭を傾げながら、そんなものなんだと納得することにした。

「あっ、新しい天使のお目覚めだ」

星の子の声に、見習い天使は腕の中の天使を見やる。

まるで宝石のような水色の瞳が煌めいていた。

「綺麗な瞳の色…」

思わず二人は、その大きな瞳に笑みを浮かべて見入った。

「この目の色…、お母さんと同じ色なんだね…」

泣いていたあの女の人も同じ瞳の色をしていた。

魂となっても、その瞳の色は受け継がれるものなのだろうか。

見習い天使は、きっと今もこの屋根の下にある部屋で悲しみに暮れているであろう女の人のことを想った。

「ねぇ…、星の子。私は全然生まれたときのことは覚えてないけど、やっぱり記憶には残らないものなのかな?」

「ボクだって、あんまり小さいころのことって覚えてないよ、オデコちゃん」

「でも…、楽しかったこととか、幸せな気分だけは覚えておけないもの?
 心のどこかに忘れてるだけで、落ちてたりしないかな?」

「どうかな…?」

星の子はさびしそうに笑い、そっとため息をついた。

「…いつも楽しいことだけ思い出すのならね…。すべてのことを覚えていたっていいさ…」

「…星の子…?」

見習い天使の声に、星の子は明るく元気な顔をした。

「さっ、そろそろ行こう、オデコちゃん」

「待って、星の子」

体の向きを変えた星の子の背に向かって、見習い天使は声をかけた。

「…あのね、私、この子に『お母さん』を見せてあげたいの」

「えっ?」

「だって、もう離れ離れになっちゃうんだよ。窓からあの女の人に会わせてあげたいの」

「こんなに小さいんじゃ、見せたって覚えておけないよ?」

「それでも…、心のどこかにその思い出が残るかもしれない…!」

星の子はしばし考え込んだ。

タイムリミットの夜明けまで、まだまだ時間はある。

ほんの少しくらいの寄り道なのだ。

この屋根の下の女の人を覗くくらいたいしたことではない…。

「…わかったよ、オデコちゃん」

「わあ!ありがとう、星の子!」

まるで自分のことのように笑顔を輝かせる見習い天使の姿に、星の子は胸がチクリと痛んだ。

それは、かつて幸せな日々を過ごしてきた自分に負い目を感じるせいであった。

ここにいる天使は、人の世に生まれることなく命を終えたのだ。

生まれることが出来たなら、また別の幸せを記憶していたはずなのに…。

両親に愛され、そんな日々を重ねて大人になって…、いずれは親となり愛情を注ぐ側となったのかもしれない。


その道を自ら降りた星の子にとって、ささやかな願いに満足している見習い天使はまぶしかった。


そうして、まだ灯りのともる窓際に星の子と、小さな天使を抱えた見習い天使は降りていった。

女の人はいまだ、涙に暮れていた。

「…やさしそうな人だね…」

「うん…」

そばに付き添う男の人もいい人のように見えた。

「きっといいお父さん、お母さんになっただろうね…。でも、まだ機会はあるから…」

星の子はそう悲しげにつぶやいて、傍らの小さな天使を見つめた。

この天使はもうここへは来ないけれど…。

そう思うと切なさが込み上げるのだ。

「チビちゃん、見て。あれがあなたのお母さんよ」

見習い天使は体を持ち替えて、前向きにして小さな天使にささやいた。

小さな天使は、まばたきもせずにジッと窓ガラスの向こうにいる女の人を見つめた。

「…マ…、マ…マ…っ」

ギョッとして見習い天使と星の子は小さな天使を見た。

「しゃ、しゃべった…!?」

「マ…マ~…マ、マ~」

小さな天使は手をばたつかせ、片言で声を上げ続ける。

そして変化が起きた。

部屋の中で泣いていた女の人がビクリと体を揺らし、真っ青な顔を窓へと向けた。

『…呼んでる…』

『どうしたんだ?いったい?』

『呼んでるの、あの子が私を…!…聞こえる…!聞こえるの…!』

『…何も、何も聞こえない!あの子は、もういないんだ』

『ママはここよ!ママはここよっ!!』

女の人は起き上がろうとして、男の人に押さえつけられた。

小さな天使の呼び声に、女の人は必死に声を探して顔を振り続ける。

『いやっ!!邪魔しないでっ!!あの子が私を呼んでるのっ!!行かせてっ!』

『しっかりしてくれ! 先生、家内を落ち着かせてください! 見てはいられない…っ!』

悲しい出来事に、心神を喪失したと思い、男の人は涙を溜めながら待機している医者を振り返った。

「大変だ…!」

星の子は中の様子に心奪われている間に、小さな天使と女の人が細い光で結ばれてしまったことに気づくと声を荒げた。

「ほ、星の子、この子の天使の輪が…!」

光輝く天使の輪が薄れはじめていた。

その分、二人をつなぐ光の色が濃くなってきていた。

「マ、マーっ」

「オデコちゃん、その子の口をふさいでっ!」

「えっ?う、うん」

「息できるくらいでね」

「お、オッケー」

じたばたもがく小さな天使の口をふさいで、見習い天使は星の子を不安そうに見つめた。

「とにかく、大至急天使の館に戻るからっ!」

嫌がる小さな天使を抱えて、その家から飛び出した。

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