モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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ようやく天使ちゃん小説を搾り出したので。
脳内イメージがぐっちょぐちょでわかりにくいかもです^^;
この勢いでラストスパートを駆けたいものです。ふう…。
お話は畳んでおきますので、右下からどうぞ。
はじめの方から読まれるという方には、右サイドのリンクにある『小説「天使が生まれる日」』を渡ると、読みやすいです。
12月に更新できなかったんですけど、先月のNEWVELでのランキングが68位に復活していて、一念発起頑張ってしまいました^^
ってかラストまで頑張れって感じですね。
描く濃厚なイメージと文才がほしい~><ジタバタ
『天使が生まれる日 第38夜』
部屋に入ったマリーは、雪が相変わらず降り続けている通りを、それに面した小さな窓から覗いていた。
大きなおなかを擦りながら、自分と同じ紫色の瞳は、暗くなり、すっかり人気のまばらとなった通りを憂いを秘めて見続けていた。
『…冷えてきたわ』
マリーはひと言こぼすと、窓につけられたカーテンを引き、まだ見つめていたい名残りを追いやるようにして閉めていった。
そして部屋の暖炉に薪をくべた。
長い時間不在だったためにすっかり熾き火と化していたのが、くべられた薪に移り赤々と燃えはじめた。
パチパチと火の粉がはじける音が部屋に響く。
『…何か食べなきゃ…』
思い出したように、マリーは小さな部屋のキッチンのそばにあるテーブルの、二つある椅子のうちの一つに腰掛けた。
主のいないままとなっている椅子を目にして、教会以来何度も繰り返されているため息をこぼした。
何とも歯がゆい想いで、見習い天使はテーブルに置かれた母の華奢で少し荒れている手に触れようとしてみた。
「あっ…」
伸ばした手は、母の手を突き抜け、テーブルにも沈んでいった。
何の感触も届いてこない。
見習い天使は、その場ではまるで空気のような存在だった。
まるで今流れてる時と同じく、寒さも、母が吐く息の湿度も感じるというのに。
壁に貼られている時計の針がカッチカッチと部屋に響く。
静まりきっているため、その音は妙に気になるほど響いてくる。
母の孤独と淋しさが充満しているようで、見習い天使の胸は痛くなった。
死神に言われたように、天使と言えど何にもできない存在であった。
何もしてあげれない。
何も…。
切なさがグッとみぞおちにこみあげてきたその時、外の階段がドンドンと鳴り出した。
一歩踏み出す音が力強い。
階段を登りきった足音は玄関扉の前で止まり、扉を叩く音が聞こえてきた。
マリーの顔に生気が戻って、あわてて戸口へ向かい扉を開けた。
『おかえりなさい!リチャー…』
部屋に舞い込む雪の向こうには、待っていた人とはまったく違う男が立っていて、マリーは声を失った。
男は帽子を目深に被り、マリーの姿にも顔色を変えない。
威圧感のある眼差しで、マリーを値踏みするように見つめてくる。
『すいません、間違えてしまって…。えっと、どちら様ですか?』
『…子供が生まれるのか』
マリーの大きくせり出しているおなかを感動もない顔で見つめ、男性は抑揚のない声で告げた。
『あ…はい。もうすぐ…』
マリーはうっかり扉を開けてしまったものの、不躾に締め出すわけにもいかず困っていた。
『これを…』
男は外套のポケットを探り、マリーに受け取れとばかりに差し出してきた。
マリーは恐る恐るそれを受け取った。
男の眼差しは、拒むには力がありすぎた。
『…!何です。何でこんな大金を私に…?』
袋に入っていたものを目にして、マリーの顔は青ざめた。
何年も仕事をしないで済むくらいのお金が束になって入っていた。
『もらえません。もらう理由がわかりません』
返そうと突き出した袋を、男の大きな手の平が拒んだ。
『…手切れ金だ。それでリチャード様とのことは忘れろ』
『リチャード…様?』
マリーの驚く顔に、男の眉がひそまった。
『知らないのか?』
『知りません』
『リチャード様はある海運商の一人息子だ。こんな近場で労働者ふぜいに化けているとは驚いた』
『海運商…?』
マリーはおののいた。
自分とは違いどこか裕福な暮らしの匂いを彼に感じていたものの、あまりにも身分が違うから。
『近々婚約者と正式に結婚することになった。お前との仲を精算するよう社長からの命令だ』
『なっ…』
『リチャードという労働者はもう存在しない。子供を盾に今後関わるのも無しだ』
突然の話に、マリーは瞳を揺らした。
動揺し、札束の袋を持つ手が小刻みに揺れている。
『…彼は…知ってるの…?』
『彼の意思など関係ない。彼の存在は会社の行く末のためだけにある』
『…そんな…。愛してもいない相手と結婚させるっていうの?』
『それが大会社に生まれたもののさだめだろうよ』
これ以上話はないとばかりに体を横に向けて歩き出した男を、マリーは外套も着ずに追っていった。
『返します!こんなお金要りません!』
『金がなければ、お前が生活を維持できるわけないだろう。愛があったって喰えなきゃ生きていけるわけないだろ』
図星をさされて、マリーは一瞬動きを止めた。
家賃でさえ待ってもらっている。
自分の稼ぎでは、ここで暮すこともままならないのである。
『母親のようになりたくなければ、黙って金を貰うんだ。父親は橋の建設中の事故で死んだんだってな。母親は金を稼ぐために娼婦にまで身を落として、男に騙され、借金にまみれて』
『何でそんなことを…』
『調べるに決まってる。妙な血筋を家系に加えるワケにはいかないんだそうだ』
『母さんは…?』
『…もう何年も前に、隣町の路地で凍死してたそうだ』
『…そんな…母さん…』
マリーの華奢な体が大きく揺れた。
崩れるようなショックに蒼白の顔となった。
『マリー!マリーに何を言った!マリーは何にも知らないのに!』
『リチャード!』
階段の下に止まっている車から、まだ若い男の顔が中から押さえつけられながら、必死にドアを開けようともがいていた。
『…やれやれ。さっさと坊ちゃんは運んでしまえ』
男の指図に、運転席にいた男がエンジンをかけた。
『待って!リチャード!』
急いで段を降りようとしたマリーの腕を男が掴む。
『お前とは住む世界が違うんだ』
『離して!』
マリーは持っていた札束の袋を男の顔にぶつけた。
雪が舞う中に、袋から札が何枚も飛び出し、ヒラヒラと宙を舞う。
男がひるんで緩めた隙に腕を払うと、大きなおなかでマリーは階段を駆け下りていく。
車はマリーから逃げるようにゆっくりと走り出した。
『待って!リチャード!』
リチャードが懸命に後ろの窓を叩いている。
その姿をマリーは追った。
共に歩んでいくはずだった彼の姿が遠ざかっていく。
『は…』
急に目の前の景色が黒ずんで、マリーの体は糸が切れたように崩れ落ちた。
空気がまるで粘り気を持ったみたいに、ゆっくりと落ちていった。
「お母さんっ!!」
見習い天使が伸ばした手に、その体の重みはまったく伝わらなかった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン…
まるで教会の鐘の音のように、重い響きが鳴り渡った。
駆け降りていた反動で、マリーの体は何度もその音を出しながら転がって、段の下まで落ちていった。
『さっきから何を騒いでいるんだい…!ひいっ!』
一階の扉が開いて、もう寝入っていたのを起き出してきた格好で大家さんが外へ出てくるなり悲鳴を上げた。
走り出していた車も急遽止まり、中からリチャードが雪に滑りそうになりながら走ってくる。
階段の上では男が真っ青な顔で立ち尽くしている。
そして階段の下には、やわらかく降り積もる雪の中、うつ伏せにマリーが倒れていた。
『マリーっ!!』
駆け寄ったリチャードがマリーの体を仰向けにした。
白い雪にまみれた顔には赤い血が広がっていた。
『ああ…、マリー…。誰か…、誰か医者を…っ!頼む、医者を呼んでくれ…!』
リチャードは震える手で、マリーの小さな顔を押さえた。
『マリー?マリー?聞こえるか? ああ…目を開けてくれ…』
鮮血をたたえる傷口に、雪が降っては消えていく。
『うああ、何てことだい。あ、あんた、医者を呼んできておくれ。急いで…!』
自分と同じように寝巻きに外套だけの出で立ちの夫の肩を揺すって、大家さんは頼みこんだ。
妻に言われてハッとしたように、次第に集まり出した人垣を割るようにして駆けていった。
『ああ、マリー、何でこんなことに…』
着ている服を赤黒く染めて、白い雪に赤い血が広がっていく。
「何と儚い命だな…」
死神の声が背後から聞こえてきた。
その声に、見習い天使は何の感情も動かなかった。
生まれる直前に、こうして自分は死んでいったのだ。
あれほど望まれていた人間としての自分が死んでいくのを目の前にして、ショックの方が大きかった。
そして母の変わり果てた姿に動揺していた。
落ちていく瞬間に、体を支えることすらできなかった。
何も、何もできなかった…。
「迎えが来ているぞ」
死神の声に皮肉めいた響きが混じった。
目線を屋根に向けると、絶え間なく降り注ぐ雪の中、自分と同じ見習いの衣装に身を包んだ幼い顔の天使と、星の子の姿があった。
切れ長の釣りあがった瞳。
やっぱり上官の天使だと、見習い天使は実感する。
下に広がる惨状に、二人の顔は青ざめ引き攣っていた。
『…死んじゃったの…?』
星の子のつぶやく声が聞こえてきた。
今はもう懐かしくてしょうがない姿がそこにあった。
見てくれとは違う掠れた少年の声音に、見習い天使の心は揺すられた。
こうしてまた星の子の姿を見ることになるとは。
『…オーヴが現れた。あの魂に祝福を与えればいいんだね…』
隣に浮いている小さな上官の天使は確認するように星の子に告げた。
流れを知っているだけであろう星の子は、コクコクと引き攣った顔でうなずいてみせた。
自分が見た小さな天使の魂と同じように、雪にまみれた母の体からゆらりと淡い光の球が浮かんできた。
「あれが私…」
母の体から離れがたくて体の周りを漂っている。
そして浮き上がる力に負けたようにしてふわふわと空へと浮かんでいった。
哀しい眼差しの小さな上官の天使に、それは受け止められた。
まるで壊れ物を扱うように、自分が覚えているのとは違う小さな手の平で覆われた。
『…辛かったね…、痛かっただろうに…』
やわらかな輝きをいとおしむようにやさしく手を動かしている。
『あんな風に別れなきゃならないなんて…』
鋭い眼が緩まって、涙がポロリと頬を伝って光の球に落ちていった。
涙に反応して光の質量が増して、手の平で覆われている空間の中に、小さな巻き毛の赤ん坊が生まれた。
小さくたよりない翼をその背に生やして。
頭には黄金に輝く天使の輪を浮かべている。
天使の自分が生まれた瞬間であった。
天使になった自分の姿に、緊張していた二人の顔にようやく笑みが浮かんだ。
それはほんの一瞬のこととなった。
『待って…』
下から届いてきた声に、二人は目を見張ったのだ。
『待って…、いかないで…』
力なく雪に倒れている母が目を開いて二人を見つめていたからだ。
人には見えないはずの二人をじっとまばたきなく見つめていた。
『…チビちゃんを…つれていかないで…』
胸に突き刺さる掠れた声が心に響いた。
倒れている母の唇は動いていなかった。
この心に刺さるような声はいったいどこから聞こえてくるのだろう。
『…なんであの人、ボクたちのことが見えるの?』
恐れを浮かべて星の子は、小さな上官の天使を見やった。
『…命が…』
『え?あの人、もしかして死』
小さな上官の天使は、生まれたての天使を抱えて、星の子の口を空いていた手の平で塞いだ。
『…私の大切な子供なの…返して…』
血まみれとなっている体を置いたまま、ゆらりと透き通った母の体が起き上がった。
「えっ?」
見習い天使は母の異変に何度も目をまばたいた。
ダブって見えるその姿は幻のようでいて、残像ではないようで、まばたきしても消えていかない。
「…お前の母親も駄目だったようだな」
興味に満ちた死神の声がまた後ろから聞こえてくる。
「駄目って?駄目ってどういうこと? まさかお母さんも死んじゃうの…?」
声に出して、見習い天使はあわてて口を塞いだ。
耳に聞こえたその不吉な響きに冷や汗が滲んできた。
星の子はそんなこと言ってなかったではないか。
「うそ…。お母さんまで…」
知らず息が荒くなってきた。
あんなにたくさんの血を流して、真っ青な顔で倒れている。
このままだと死んでしまう。
「魂が器である肉体を出たら終わりになるぞ」
「終わり?」
「器を出た魂は、神の御許に呼ばれるか、リストに載って我ら死神に狩られるか、もしくは風に消え去る」
「え…?」
見習い天使の脳裏に、風に消えていった魂たちの哀れな最期が浮かんだ。
「その采配は、すべて神のみぞ知る…。さあ…、お前の母親はどうなるかな…?」
背後から響く死神の声に、見習い天使は背筋を震わせた。
嫌な予感がせりあがってくる。
透き通った母の魂はもう体から半分出てしまっているのだ。
『…連れて行かないで…。たくさん、たくさん愛してあげるの。…まだ抱きしめてないのに…』
ゆらりと母は体を更に起こし、空に浮かぶ天使たちへ両手を広げた。
「ほお…。もう足首までしか残ってないぞ…」
母の魂が抜け出るのを楽しむ声に、見習い天使は振り切るようにして母のもとへと飛んでいった。
『これ以上寄らないで。あなたの子供は天使となったのだ』
今にも浮かんできそうな母の真剣な顔つきに、小さな上官の天使はけん制するよう強い口調で告げた。
小さいながらも、今と変わらぬ威厳をかもしていた。
「お母さん!だめえ!体から出ちゃ駄目だよ!死んじゃう!死んじゃうの!」
空を見上げる母の前に、見習い天使は遮るように飛び込んだ。
魂となった母には、やはり自分の姿は見えていなかった。
遮る自分の影さえ、母の顔には映りこまない。
『…行かないで…』
「お母さん…!やだあ!体に戻ってえ!戻ってえ!」
見習い天使は大粒の涙をこぼして必死に叫び続けた。
「くっくっく…。何と無駄な足掻きを…』
過去の出来事に躍起になって泣きわめく見習い天使を、あざ笑う死神の声が聞こえてくる。
このまま母を死なせるわけにはいかないのだ。
何もしないで、星の子のように、あの見習い天使たちのように失うわけにはいかない。
「やめてえ、お母さん!お願い、お願いよお!!」
体を伸ばそうとする母の体を、押さえようとしても手は肩をすり抜けていく。
何度も何度も、見習い天使は涙をこぼして叫び続けた。
『…私の子…』
紫色の瞳は、宙に浮かぶ小さな自分ばかり追っている。
『…ねえ、ツリ目ちゃん。あの人どうなっちゃうの?』
星の子の不安そうな声が背後の空から聞こえてくる。
声は震えていて、恐ろしい気持ちでいるのが伝わってくる。
『あっ、ツリ目ちゃん。駄目だよ、ボクたちはすぐに天使の国に戻らないと…!』
星の子のあせった声と同時に、目の前で見開いている母の紫色の瞳に空から降りてくる影が映った。
空気をかき混ぜるような翼の羽ばたく音が近づいてくる。
『…あなたと同じ瞳を持っている』
真後ろから聞こえてきた上官の天使の幼い声に響きに、見習い天使は息を飲んだ。
背後から母に見えるように、小さな自分を抱えているのだ。
『…チビちゃん。ああ…、あなたはこんな顔をしてたのね…。可愛い…』
母の瞳に涙があふれた。
抱きしめようと、手を伸ばしていく。
見習い天使の頭を抱くように手は伸ばされていく。
「お母さん…」
とめどなく涙が流れた。
まるで母に抱かれているようだ。
切なくて、でも心にあたたかなものが満たされていくようだった。
『触れないで。あなたとの繋がりは絶たれたのだ』
『そんな…。どこに連れて行くの?こんな小さいのに淋しがるわ』
『天使の国に。同じように天使になった子がたくさんいる場所に』
『幸せになれるの?この子は』
『辛いこともあるかもしれない。でも愛されて育まれた魂は乗り越えられる』
『…この子と一緒にいたかったの…。お母さんって呼ばれる日はもうないの…?』
『悲しいけど…、この子にそれは望めない。私が天使である限り、この子の傍にいるから…』
『お願い…私も…私もその国へ連れて行って』
母は思わず足を一歩体から踏み出した。
このままだと母の命が終ってしまう。
「お父さんがお母さんを呼んでる。だからこれ以上体からでちゃ駄目だよ!」
ぐったりと倒れている母の体に、父は必死に呼びかけている。
愛はそこに強く存在している。
自分がいなくなっても、二人の間に愛があるなら、また別の子が育まれるはず。
慈しまれ、愛を与えられるのが自分ではなくても、それでも…。
「お母さんは生きて!生きていてえ!」
叫びと同時に、上から虹色に輝く雫が二つ降ってきた。
一つは母の魂の額に。
もう一つは母の体に落ちてはじけた。
『…チビちゃん…、私の大切な…』
母の魂は、まるで吸い込まれるように母の体に入っていった。
そして母の体はすぐに大きく痙攣した。
『マリー!マリーっ!』
父の呼び声が強く響く。
「死なないで、お母さん…!」
「『癒しの涙』まさかお前にそんな力が…!」
激しい力で腕を掴まれ、急に目の前に死神の顔が迫った。
今まで見えていた街並みは消えて、周りは空が広がっていた。
しばらく感触もなかった小さな天使の体を、今はしっかり腕の中に抱えている。
夢?
どのくらい時間が経っていたのかもわからなくなって、見習い天使は荒い息を吐き続けた。
体が酷く冷えて、震えが止まらない。
「その涙を寄こせ!」
腕を掴んでいた死神の手が離れた途端、顔へと向かってきた。
視界に入る隅に、先ほど見た虹色の輝きがあった。
突然のことに、思わず見習い天使は後方へと飛びのいた。
その振動に、浮かんでいた涙は頬を転がって落ちていった。
落ちていく虹色に輝く雫を、死神があわてて追う。
大きく開いた手は空を掴むだけで、雫は雲が千切れて浮かんでいる空を、下へ下へ、ところどころにあかりの灯る地上へと落ちていった。
「ちいっ!しまった」
その隙に見習い天使は飛び立った。
天使の国への入り口は、また移動してしまっている。
何としてでもたどり着かないと。
月はさらに傾き、夜空の色は薄まってきている。
「はあ…はあ…」
力強く翼が羽ばたいていかない。
体が重い。
目の端に青白い光の線が煌めいた。
「うあっ!」
背中を強く打たれて、見習い天使はうめき声を上げた。
痛みに息が吸えない。
「逃がすか!」
死神だった。
襟首を掴み上げ、大きく何度も乱暴に揺すられる。
「さっきの涙を出すんだ」
「うぐ…、涙…?」
「そう『癒しの涙』だ。死んだ者を生き返らす力。壊れたものを元に戻す力を持つ雫だ。この焼かれた顔を直すためにそれを流せ」
間近に寄せられた死神の顔を覆っている仮面から出ている部分にも、星の子が放った光にただれた痕が広がっていた。
それは赤黒く引き攣ったようになっている。
「い、やっ」
どうやって出たのかもわからないものを、出せと言われて出せるわけがない。
力の入らない体で、見習い天使は死神の掴む手を必死に叩いた。
けれど抵抗には程遠く、ペチペチと情けない音が響くばかりであった。
「出せ。私のために涙を流すんだ…!」
ガクガクと乱暴に揺すられて、見習い天使は力なく頭を前後に振られた。
抱えている小さな天使の泣き声が上がる。
もう駄目だ。
夜明けが近いというのに、力はもう入らない。
その時、街灯りの一つと思っていた光が段々と大きくなって、その光が迫ってきた。
揺すられる不安定な視界に、光が飛び込んできた。
鳥?
こんな夜中に?
大きく翼を広げた金色に輝く鳥が向かってくる。
渡り鳥のようにしなやかに雲を切って飛んでくる。
「何だ…?」
まぶしさに死神もその存在に気づいて動きを止めた。
「ああ…ああ…!」
鳥は勢いを止めないまま、見習い天使の体にぶつかってきた。
するりと鳥は体の中にとけこんで、見習い天使の体までもが金色に輝いた。
力がみなぎってきた。
今の鳥は一体何?
見習い天使は一瞬不思議に思ったが、すぐにそれが自分に属するものだと感じ取った。
それはいつも頭の上で輝いていた天使の輪だ。
『ゲートへ急げ…!』
頭の中に悪魔の声が響いた。
「何だこれは一体…?」
驚きに満ちた声を上げた死神に、見習い天使は思い切って頭突きを食らわした。
「ほぐおっ…!」
「うっぐ、痛ったい…!」
額が凹んだのではないかと涙目になりながら、痛みにのたうつ死神から離れて、見習い天使は高い空を目指して羽ばたいた。
高く、高く。
空高く。
青いランタンを持つ星の子が守る入り口を目指して。