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モリの洞窟

モリエールの妄想の洞窟へようこそ

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「また、時間稼ぎか…?星の子」

鎌を挟んで対峙しあう。

星の子のシールドを、呆れた様子で死神は見つめた。

「まぁ、その立ち直りは賞賛に値するがな。…星明りの加護もないこの月夜にいつまで持つかな…?」

「く…っ」

先ほどのダメージもあって、星の子が放つ光は揺らめく。

「ふん。倒れていればいいものの…。前の星の子は逃げたぞ。お前もそうすればいい」

「逃げた…?」

「知らないのか? まぁ、逃げたとは他の者には言えないよな…」

星の子は、他の星の子たちがささやきあっていたことを思い出した。

決してひと言も語らない星の子の話を。

口の重い星の子はたくさんおり、どの子なのかわからなかったが、空を照らすことも拒み、ただ天にはりついている星の子がいるという話であった。

任務に失敗して、それ以来、心を閉ざしてしまったのだという…。


逃げたことで、一緒に行動していた天使が犠牲になったのなら、悔やんでも悔やみきれない。

ましてや、自分の後ろにいる見習い天使は特別な存在なのだ。

はじめての任務で運んだ小さな天使。

そして…凍てついた心に笑顔を戻してくれた。

笑い方を忘れ、泣き続けて空虚となった星の子の心に光を与えてくれた大切な存在なのだ。



『お前に…、二度目の任務が与えられた』

『本当ですか!相方は誰です?』

呼び出されて向かった天使の館の一室で、星の子は上官の天使さまと向き合っていた。

元々楽しそうにしている方ではないのだが、今日は一段と曇った顔つきをしていた。

『お前がよく知ってる子だ。紫の瞳の…』

『オデコちゃん?』

ため息をつくように上官の天使は目だけでうなづく。

『よかった!あの子と一緒なんて嬉しいなぁ』

『…まだ早い…、私はそう進言したのだが…』

『何で、そんな厳しくするの?ツリ目ちゃん…』

つい以前の呼び名で呼んでしまい、上官の天使さまはジロリと不快な目線を送った。

『あの子は不器用で…失敗ばかりだ。何度もチャンスのない任務を失敗してしまったら、あの子が困る』

『相変わらず、心配性だね。君だって、あの時はじめてやって、キチンと任務をし遂げたじゃないか』

『…いつまでも、そばに置いておきたいんだね、ツリ目ちゃんは』

上官の天使さまは、かつて一緒に任務についていた星の子をじっと見つめる。

『共に迎えに行ったお前ならわかるだろう…?想いが伝わって天使となったあの瞬間を…。あの祝福を…』

『…忘れてないよ、もちろん。でも、ボクは君がこんな運命を選び取るとは思わなかったよ…』

『すべての運命が決まったわけではない。私の祝福を受けた天使の行く末を見届けたくなった、それだけだ』

『まさか、あんなにおっちょこちょいとは…ビックリしたけどね』

『…この私の祝福を受けた子が、あんなに失敗ばかりとは…』

星の子は今まで目撃してきた数々のことを思い出し、クスクスと笑い、上官の天使も苦笑いを浮かべた。

『あの子を頼む…星の子…』

『まかして』

『…でも、もう一度進言してみるつもりだから、変更になるかもしれないが…』

『ええっ!』



一度目の任務は、星の子に希望を与えた。

天使が生まれる瞬間は、胸がかきむしられるほどの苦痛を感じたけれど、小さな天使の愛らしさに二人で見入ったものであった。


自分を知る者が命を終えるまで、住んでいた街の上で泣き続けたあの日々。

記憶を持ち続ける苦しみ。

そのすべてから許される。



星の子はなかなか回ってこない二度目の任務を待ち続けていた。

任務を待つ星の子はたくさんいて、早々に順番は巡っては来ない。

星の子は、指導員となった目のつり上がった天使の様子をたまに見にいった。

皆が選び取る道を選ばず、その道を選んだ天使は、位を授かったことでグンと成長した姿となっていた。



ちょうど、こっそり窓からのぞきこんだ時、上官の天使が見習いの天使に小言を言っているところであった。

人より面積の多い額に、ビシリとデコピンを食らわすのをしかと星の子は見た。


しばらくするとその見習い天使が、星の子が浮かんでいる下の茂みに、おでこを押さえて駆け込んできて、しゃがみこむなり泣き出した。

ふえ~ん、とか、ほえ~といった奇声が聞こえる。

しきりに反省の言葉が聞こえて、謝罪の言葉となっていって、

『二発も打つなんてヒドイっ!!』

文句で締めくくられた。

両手をばたつかせて怒る姿はかわいいやら、おかしいやらで、つい吹き出してしまった。

『誰っ!?』

振り返った顔は泣きすぎて真っ赤で、それよりもおでこの赤さは一段と目立った。

見覚えのある紫色の瞳。

そしていやに広いおでこ。


あの日運んだ小さな天使の成長した姿がそこにあった。



オデコちゃん、君は知ってるだろうか…?

心のどこかがいつも凍っていたボクに、君は心からの笑いを教えてくれた。

表情豊かな君を、見てるのは楽しかった。

からかうのは、もっと楽しかった。



君のように、笑ったり、怒ったり出来てたら…。

こんなことにならなかったのかもしれない…。


運命の扉をくぐれたら…、

ボクは、君のように…。


失敗に泣いても、他の見習い天使に陰口をたたかれても立ち向かう、君のように強くなりたい。



「ボクは、ボクは逃げない!」

「そうか…? もはや、限界といった感じに見えるがな」

星の子のシールドは光を失いつつあった。

「では、目の前で天使が狩られるのを見ているがいい!」

「…させるもんか…、させるもんかっ!うあああああーーーっ!!」

力が尽きかけたはずの星の子の体が突如まばゆい光を発した。

「なっ、何だ、この光は。まさか…、まさか、お前、魂を燃やしている…?」

「うあああああああーーーーっ!!」

光は辺りをも明るく照らした。

何が起こっているのか、見習い天使は小さな天使を抱えて座り込んだまま、星の子の変貌に驚愕の表情で見入っていた。

一瞬、小さな星の子の体に、手足の長い少年の姿が重なって見えた。

鳶色の髪を揺らめかせて、両の手を伸ばしている真剣な表情の少年の姿が。

まばたきすると、その姿は掻き消え、いつもの星の子の姿だけがあった。

星の子の体の中心には、まるで太陽のような炎のような揺らめきが見える。

直視できないほどにまぶしく、目がつぶれそうなほどの光の量であった。

「星の子が…、まさか…、心の弱い、星の子が…」

「ボクはもう、逃げないんだーーーーっ!!」

勇ましい、絞るような星の子の叫び声と同時に光は増した。

星明り色ではなく、まるで夕日のような鮮やかな色の光が体の中から広がっていく。



ピキ。


硬質な異質な音が聞こえた。

それは星の子から聞こえた。

内側の光に透ける体は黒っぽく見えた。

その内側に届くような深い亀裂が何箇所にも渡って入っていた。

「ほ、星の子…?」

恐ろしい光景に見習い天使は息を飲んだ。

熱をともなうその光に、色白な死神の顔の皮膚はただれて、苦痛に顔を歪めた。

優位に立っていた死神が、はじめて恐れを顔に浮かべた。

「くっ」

うめき声を漏らして、死神は気配を絶った。

対峙する相手を失った星の子は光を失くし、ドサリと地面に音を響かせて落ちた。

 

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