モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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「邪魔だ。そこをどけろ」
ギラリと光る眼が見習い天使を睨みつける。
思わずその迫力に喉を鳴らす。
けれど見習い天使は恐れながらも首を横に振った。
そうしている間にもかぶさった死人形によって、結界は軋み続けていた。
空気が揺れる。
そして悪魔と向き合っている見習い天使の背後からは、死人形が放つ冷気がじんわりと沁みこんでくるように伝わってきた。
天使の翼を持った死人形。
その中には、天使だった魂が取り込まれている。
「…君には、その死人形は救えない」
「でも…!」
「腕の中の天使でさえ、連れて戻れるかも不明な君に何ができる」
「うぐ…」
痛いところをつかれて、見習い天使は唇を噛んだ。
ひとりで何もできないあまりに、この悪魔に手助けを乞うたのだ。
「中に天使が入っておったからといって、そのものは今や死神の道具にすぎないじょ」
「わかったら、さっさとどけろ」
「あう!」
小さな天使の一声に、見習い天使はその瞳が見つめる先、自分の後ろを振り返った。
四角く開いている死人形の口の中に、白い手が見えた。
自分と同じ位の大きさの手が。
『…た…す…けて…』
かすかな声が耳に届いた。
「誰?」
死神が手に入れたという小さな天使の声?
声は小さい天使のものには思えず、けれど大人のものとも思えない。
「何を言ってるんじゃ? 声なんて聞こえんかったじょ?」
手は出すことができないのか、四角い空間の中で懸命に指先を揺らしている。
見習い天使は、その手を掴もうと手を伸ばした。
いっそう冷気を強く感じる。
あと少し…。
そう思った瞬間だった。
暗くなっていた死人形の小さな丸い眼が発光した。
覆いつくしていた白い体がぐっと縮まった。
と同時に、見習い天使は襟首を掴まれ、悪魔に抱え込まれた。
そして目の前に伸びた悪魔の右手が白い光を放った。
「吹き飛べ」
結界は破裂したように持ち上がり、被さっていた死人形の体を向かいの建物にぶつけて消失した。
建物を覆うレンガが崩れ落ち、土ぼこりが上がった。
「なっ!?」
辺りを徘徊していた死人形がいっせいに振り返る。
悪魔は至極冷静な顔で口元を上げて皮肉めいた笑いを浮かべると、指を鳴らした。
薄いベールのような結界が、今度は個別の小さなものが降りてきて、周りを覆った。
違和感を覚えた死人形たちであったが、結局見つけることはできず、また歩き始めた。
「じゃ、行こうか」
「え?あ、あああの、羽の生えた死人形は?」
破壊された壁と、悪魔のひょうひょうとした顔を交互に見やって見習い天使は言う。
「放っとけ。ダメージを与えただけだ」
「でも」
「ばかか!!」
「ひいいっ」
頭のてっぺんの髪の毛をぐいっと持ち上げられ、見習い天使は悲鳴を上げた。
「他人の心配より、自分の心配をしろよ!」
「いた、いた、痛いです。あ~う、髪の毛とれちゃう~~」
「とれたら、この契約の不足分としてもらってやる」
「ふえええ~~、とれちゃやだ~。ただでさえ前髪薄いのに~~~」
「さっさと、天使の国への道を見つけろ」
「は、はい。み、見つけます。だ、だから早く離して」
呆れきったため息とともに、見習い天使は離してもらえた。
思わず頭を垂れる。
髪の毛の根っこがジンジンと痛む。
見習い天使は涙目になって、悪魔を見上げた。
「ほら、行くぞ」
すっかり怒らせてしまったようだ。
はじめてあったあの瞬間の優しそうな態度は片鱗も今は見当たらない。
どこか禿げ上がったのではないかと、見習い天使は気が気でなかったが、冷たい悪魔の目線の中、頭を撫でることもできず、薄暗い路地を後にしたのであった。