モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
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「では、契約を行おう」
「ここで?」
見習い天使は眉をひそめて周りを見やった。
建物の裏口が密集している場所であるため、路地よりスペースはいくぶんがあった。
だが、ようやっと入ってきた『死人形』が二体も徘徊していて実に危ない。
「大丈夫。結界を広げるから問題はない」
「はやくこっちに出て来るんじゃ」
パタパタと羽音をたてて飛ぶコウモリに手招きされて、見習い天使は蓋を持ち上げた。
「ね、ちょっと出るの手伝って」
片手に小さな天使を抱えて出るのは難しいのだ。
「はいはい」
悪魔は蓋を押さえ、そして見習い天使に手を差し出した。
「さ、オデコちゃん、どうぞ」
「え…?」
見習い天使はギョッとした顔を悪魔へと向けた。
「あれ?そう呼ばれていたよな?」
確かにそう呼ばれていた。
ほんの少し前まで。
名前をもたぬ自分を、そう呼んでいたのはたったひとりだけ。
星の子だけが、そう呼んでいた。
『オデコちゃん』
そう呼ぶ星の子の面影が、見習い天使の心に浮かぶ。
どこかもの悲しい眼差しが…。
可愛らしい見てくれとは違う、少年の声だった理由が…。
もう二度と自分はそう呼ばれることはない、そう思っていたのに。
「…その名前で呼ばないで…っ」
ずっと堪えていた涙があふれて、頬を滑るように落ちていった。
「…悪かった」
肩を揺らして涙を落としていると、不意に体が宙に浮かんで、見習い天使はゴミ箱の上に持ち上がっていた。
悪魔が魔力で持ち上げていたのだ。
ふわりと体は悪魔のもとへと引き寄せられるように飛んでいく。
翼になぜか力が入らない。
体が浮いたまま、悪魔と同じ目線の高さで向かい合った。
下から仰いで見ると恐ろしかった顔が、面と向き合うと何だか可愛らしい少年の顔にしか見えなくなった。
悪魔は片腕を伸ばしてきて、見習い天使の目元に浮かんだままの涙の雫を指で払う。
「キミにぴったりな呼び名だと思ったんだけどな」
「え…?」
ニッと悪魔は笑みを浮かべ、少し上がった唇からちょっと長めの犬歯がのぞいた。
「この広いオデコが」
「痛っ」
ビシリと額を手の平で叩かれて、思わず見習い天使は声を上げた。
その拍子に、ストンと地面に足がつく。
「よし、デコ。契約の儀式をはじめるとしよう」
「ちょっと、デコって私のこと?」
「他に誰がいる?その小さいのはチビだろ?」
「ええっ?」
「ものの真髄を得た呼び方じゃが、相変わらずセンスないのぅ、坊は…」
「ジイもな」
パタパタと羽音を立てて、宙に浮かんでいるコウモリに悪魔は呆れたように言う。
「ジイジイ言うけどな、ワシはじいさんじゃないじょ!」
「その口調がジジイだから、だからジイ」
「なっ!?口調が、ジジイ…。だから、ジイ?」
当人にはかなりのショックだったらしく、弱々しくゴミ箱の上に降りると斜めに傾いてしまった。
「さ、はじめようか」
「いいの?放っておいても…」
「いつものことだからいいんだ。のんびりしてる時間はない」
「う、うん。…えっと、ここでするの?」
「そう、ここで」
ゴミ箱から出たものの、周りにはうろうろと歩き続けている『死人形』がいる。
「大丈夫」
悪魔は右手をまっすぐに伸ばし、人差し指と中指を伸ばして四方へ振る。
今まで見えなかった結界が半透明の枠となって自分たちを囲んでいるのが見てとれた。
ジリジリと結界は膨らむ。
けれど『死人形』には見えてないらしく、気づかずに徘徊を続けていた。
ゆるやかな風がおこり、『死人形』を見ていた見習い天使は悪魔へと目を戻した。
悪魔は目を伏せ、何か早口でブツブツと聞き取れない言葉を繋いでいた。
そして足元から赤い炎が噴き出した。
その炎は模様を描き、円となって広がっていく。
纏わりつくように、その炎は見習い天使の足元にも伸びてきた。
「!」
「大丈夫、その炎は熱くないから」
悪魔が言うように、炎は低く揺らめいてるだけで、なんの熱さも感じなかった。
「汝、見習い天使よ。この悪魔と契約となる」
悪魔は逆さに十字を切り、まばたきもしないで見習い天使を見つめた。
獣のような鋭さを秘めた眼差しで。
見習い天使は内側がジリジリ炙られているような、そんな変化を感じながら、悪魔と向き合い続けた。