モリの洞窟
モリエールの妄想の洞窟へようこそ
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
天使ちゃんの小説の続きですv
短めでありますが、気になるところでキリよく終えてみたり←悪
お邪魔にならないよう折りたたんでおきます。
リンクにある『小説「天使が生まれる日」』の方が、前の話から読み返すときには見やすいのでおすすめですv
「デコ!大変じゃ、急いでここから離れないと!」
「え~、動けないよぉ~」
ゆっくりと確実に高度を下げつつある見習い天使に、悪魔からの心話を終えたばかりのコウモリは金切り声を放った。
今まで感じたことのない虚脱感に、見習い天使は小さな天使を落とさないように抱えているので精一杯であった。
「どこかで休めないかなあ…」
「無理じゃ!天使の国に戻ってからにするんじゃ!早く、早く!」
「あ~う!」
「何じゃ?」
小さな天使が声を上げて、ふくよかで小さな手で空を指した。
つられるように、見習い天使とコウモリが顔を揃ってあげた。
疲れた顔に、一瞬にして緊張が走った。
「死神…!」
空にまぎれるような夜色の裾のほつれたマントをなびかせて、空からゆっくりと死神が降りてきたのだ。
「しまった~。万事休すじゃ…」
死神が接近したことで、死人形と同じ冷気が場に満ちてきて、二人はごくりと喉を鳴らした。
「さあて…、教えてもらおうか。私の大事なお人形さんをどうした?」
おおよそのことを知っているのか、死神の表情は厳しく冷ややかである。
「魂たちは解放したわ」
「お前が?かけてあった装置を、お前が壊したというのか?」
死神は、自分の姿に怯えて強張った顔をした見習い天使をじっと見据えた。
姿は天使を名乗る者なだけあって、整った顔は可愛らしく、華奢な雰囲気を漂わせている。
だが、死人形を解除するだけの才を持っているようにはまったく見えない。
ただの凡庸な少女にしか見えない。
目線を下ろしていくと、見習い天使の両の手がやけどしたようになって赤くただれていることに気づいた。
ただれてしまった己の顔と同じように。
軽んじていた星の子に受けた屈辱の瞬間が脳裏をよぎる。
身の内の深いところまで焼かれ、今も尚、浸潤する痛みがにぶく響く。
「お前も、あの忌々しい技を使ったというのか。それでせっかくの私のコレクションを台無しにしたと…!」
「あの人たちはあなたのコレクションなんかじゃない!あんなひどいこと許せない!」
ヒュッ。
面白くないとばかりに、死神は手にしている鎌を荒々しく振った。
するどく空気が切れて、冷たいしぶきが見習い天使とコウモリにかかった。
「ふん…!天使のお前に、とやかく言われる筋合いはない」
額にかかったしぶきを、見習い天使は空いている手で拭って、その手の甲に目を見開いた。
「血…!」
赤黒い血がこすれて手の甲についていた。
空からこんなものは降ってはこない。
それに、これは死神が鎌を降った時にかかったものだ。
見習い天使とコウモリは、目をこらすようにして死神を見つめた。
死神が持っている鎌の刃にそれは大量についていた。
月明かりに、粘りある液体が盛り上がった感じで光を反射していた。
「そ、その血は何じゃ?」
コウモリはさきほど心話したばかりの悪魔が、いつもよりずっと弱々しかったことに思い至った。
「ま、まさか、それは坊の…」
急に喉が詰まったように、コウモリの声がかすれる。
「ああ、そのまさかだね。これ以上邪魔されないように、お仕置きをさせてもらったよ」
「坊に何をしたんじゃ!」
「何って…」
死神は薄ら笑いを浮かべて、ズボンのポケットをまさぐると、そこからハンカチを取り出した。
不審に強張った顔つきで、その死神の所作をただ二人はじっと見つめた。
くしゃくしゃに丸まっているハンカチを、死神は片手で器用に端をつかんで振った。
まるで中から出てきたかのように、包んでいたには大きすぎるものが空中に現れた。
そう、それは今切り落としてきたばかりの足。
「やっ!!」
「ぎゃーー!!それは坊の足じゃ!」
二人の悲鳴が空に響く。
靴下に靴を履き、今にも動きそうなほどの足が、ゆらゆらと不自然にその場に浮いていた。
「何てことするの!」
「何てことする…?それは私がお前に言いたいことだが…?もとはといえば、リストに載った魂を渡さないお前が悪いのだろう…?」
死神の鋭くそして低いひと言に、見習い天使は唇を噛んだ。
そう、このすべては自分が招いたことなのだ。
小さな天使に、ひとときでも母親の姿を見せてあげたかった。
どれだけ愛されていたのかを、ほんの少しでも感じさせてあげたかった。
よかれと思ってしたことが、すべてのはじまりとなってしまったのだ。
死神が現れ、星の子を失い、そして、今度は手助けしてくれた悪魔が足を切り落とされた。
「天使のくせに、お前は罪深いねえ…」
見習い天使の疲れ切った顔に、さらに満ちる苦悩を目にして、死神は薄い唇を歪めて冷笑を浮かべた。
「償ってもらうよ。今度はお前が新たなお人形さんの翼となるのだ」
「翼…?」
「見たんだろう?お前と同じ見習い天使を使ったお人形さんのからくりを」
「強情をはって魂を寄こさないから一緒にくくってやったのさ。そうしたらあんな素晴らしい一体になった」
「素晴らしい一体…?」
死神の話に、見習い天使は睫毛を揺らした。
冷え切って霜の浮いた、あの天使たちの顔に、そんな素晴らしさなんて感じなかった。
冷たい装置に魂を縛られ、届いてくるのは絶望と哀しみばかりだった。
「あれのどこが素晴らしいっていうの…?」
こみあげる想いをこらえるように、掠れた声で見習い天使はつぶやくように言う。
胸の中がちりちりと熱くなってくる。
堪えきれないほどの怒りを、ぶつける相手は目の前にいる。
「バッカ!デコ!!アンタここで果てるつもりか!!逃げることを考えるんじゃ!!」
意識が怒りの炎に飲まれそうになっていた時に、コウモリの甲高い声が聞こえてきて、見習い天使はハッと我に返った。
「逃げる?無理だよ。お前たちはお人形さんの器になってもらうんだからねえ」
「よくも坊を!今度はワシが相手じゃ!小さいからと言って舐めるんじゃないじょ!ワシはこう見えても」
ギャーギャーとうるさいばかりのコウモリを死神はチラリと見やり、スッと鎌を持っていない方の手を真横に振った。
途端、浮かんでいた悪魔の足が真横に滑るように動き出し、支えをなくして空を落ちていった。
「あっ!?」
「ギャアアアアア!!坊の足が!!」
「急がないと、地面に直撃してこっぱ微塵になるぞ。くくくく…」
コウモリは頭を下にして、足を追いかけて急降下していった。
「あう!」
呆気にとられて、思わず片手で口を押さえてその様を見ていた見習い天使は、小さな天使の放った声に顔を上げた。
「っ!?」
「チェックメイト。邪魔者はもういない」
間近に聞こえてきた声に、ぞっと背筋に冷たいものが通っていった。
息がかかるほどすぐそばに、死神に詰め寄られていた。
マスクの下の冷たい色の瞳が満足そうに細まる。
見習い天使は、死神から漂ってくる冷気に、ただ体を硬くして、抱えている小さな天使を強く抱きしめるばかりであった。